道化師とサンタクロース【サベージ追悼】


 6月18日の「ストライクフォース:オーフレイム vs ヴェウドゥム」大会で22ヶ月ぶりに復帰予定だったジナ・カラーノが、州コミッションのメディカルチェックをクリアすることが出来ず欠場することが発表された。カラーノの試合は後日行われるとされているが、具体的な日程は明らかにされていない。なおメインカードには「KJヌーン vs ホルヘ・マスビダル」が前座から昇格、スカパー!のPPVに乗ることになる。

しかしながらスポーツ・イラストレイティッドがテキサス州コミッションに確認したところによると、カラーノは実際にはメディカルチェックに合格していたそうだ。こうなると、どうして欠場するのか、本当の理由が気になるところである。体重?モチベーション?映画のお仕事?




先週末のTUF13 Finale で勝利し連勝中のジェレミー・スティーブンスが五味隆典を挑発

五味を指名できたらクールだよねってマネージャと話をしていたんだ。UFCの連中は本当の意味で五味と戦っていないと思う。ゲームプランを遂行し、テイクダウンをとってばかりだ。五味に試合をさせてない。僕なら、ファンが興奮する試合が出来る。自分が最適な対戦相手だと思う。

最近はヘッドムーブメントをたくさん練習しているし、いろんな角度やポジションも試している。五味が逃げるなら、追いかけて捕まえてやる。



スティーブンスは五味のファンなのだそうだ。こういう発言は、(1)本当に勝手に言っているだけで実現はしないのかもしれないが、(2)勝手に言っているんだけれども、やがてアイデアが本当にマッチメーカーに拾われることもあるだろうし、(3)すでに内々定しているから言っているのかもしれない。いずれにせよ、五味の名前は余り報道で目にしないが、前戦は正月だった。そろそろ次戦が決まってもおかしくない頃ではある。




レスリング・オブザーバ5月30日号、フィギュア・フォー・ウィークリー5月24日号がそれぞれ、大変長文で力のこもったランディ・サベージ追悼記事を掲載していた。ほんの一部だけ、紹介してみる。

Figure Four Weekly ブライアン・アルバレス記者(プロレスラーでもある)

私が10歳の頃、ランディ・サベージはWWEでデビューした。その頃の12歳、13歳、14歳くらいの子供なら誰でも、マッチョマンのようなフライング・エルボーをやってみたくて仕方なかった。訃報を聞くまで忘れていたのだが、小さい頃に私は洋服ダンスに上って、ベッドにフライング・エルボーで飛び降りてみたところ、ベッドに大きなひびが入ってしまった。そのことは両親には言えず、ずっと割れたベッドで寝ていたものだった。90年代に裏庭でプロレスごっこをしていたときには、自分でサベージっぽいジャケットを作ってみた。白いデニム地の長袖のジャケットで、いろんな色のフエルトを買ってきては、袖に穴を開けて房のようにした。パーティではしょっちゅう、ヨコになっている人に向かってフェイクのフライング・エルボーをかまそうとしてみたものだった。こんなことは絶対僕だけじゃないはずだ。

・・・マッチョマンのキャラは80年代になってすっかり定着した。サベージは等身大以上のキャラで、漫画に出てくる巨大なムキムキ男みたいで、サングラスをかけていて、飾りやらネオンやらがたくさんついていた。先日ある人と話をしていて、サベージは誰から動きを盗んだのかなと言う話になった。ホーガンはスーパースター・ビリーグラハムのぱくりだけど、マッチョマンは?その答えは、「誰でもない」のであった。後にも先にも、サベージのような人はまるでいない。そして、正直言って道化師のような格好をしたこの男が、おかしな格好でおかしなプロモーションをしているとき、そのおかしさの奥で、彼は確かにクレイジーで危険な男だった、というところに、サベージの魔法があった。ランディ・ポッフォをどんな風に着飾らせようと、コアの部分で彼はワイルドで、クレイジーで、偏執狂的な、男の中の男だった。アルティメット・ウォリアーが珍しく素で語ったマッチョマンへの追悼コメント映像の中で、マッチョマンの握手はプロレスラーらしい軽い握手ではなかった、堅くて絞り上げるような男の握手だった、そのことをすごくリスペクトしていたと述べていた。

ランディ・サベージのような男は、いまの産業プロレスには存在し得ない。私にはけして忘れられない光景がある。1995年の Bash at the Beach 大会の一ヶ月後、サベージ親子がホテルの庭のパティオでくつろいでいた。私は邪魔をしたくなかったので、そうっとそばを通り過ぎながら、様子をうかがってみた。ランディ・ポッフォはすっかり素に戻って、まぶしい太陽の下で父親と座っていた。しかし、そんなときでも彼は、あのマッチョマン・ボイスでしゃべっていたのである!あんな声はさすがに何かのギミックなのだろうと思っていたのだが、普段の声だったのだ。日常生活でもランディ・サベージは、あんな風に歩き、あんな風にしゃべるのだ。それをキャラに持ち込んでいるわけだから、何を着ようが何を言おうが、この人のことは信じることが出来たし、リアル・ディールだったのである。サベージが関わった様々な因縁物語を振り返ってみれば、あのジョージ・アニマル・スティールがエリザベスに色目を使ったとき、サベージは確かに狂おしいほど嫉妬に苦しむボーイフレンドだった。トップロープからゴングを抱えたままリッキー・スティームボートの首に向かって飛び込んだとき、こいつは本当に人を殺す気だと信じることが出来たのである(知人の5人中4人が、このアングルを見てプロレスファンになったそうだ)。キャラとして本物であったために、サベージはおそらく唯一、「キング・オブ・WWE」のギミックが似合う男だった。でも、ギミックを与えられたり、スクリプトを読んだり、わざとおかしな事をする男ではなかった。サベージはいつでもおかしな男で、サベージが苛ついているときには、何故この男が苛ついているのかが良く理解できたし、これからどうなるのかを見たいと思えたのである。


Wrestling Observer

リック・フレアのコメントー

ランディについては自分の考え方はみんなとは違うんだ。ランディはおそろしく好戦的な男だった。リラックスしていることはなかった。だから、おいおい、ちょっと落ち着けよ。そんなにあれこれ心配するな、なるようにしかならないんだから、なんて言ってやったこともある。毎晩寝るときに、明日のことを心配してるなんて、ちょっとしんどすぎるだろ。

個人的にはランディとは問題はなかった。ビジネス上では対決していたが、やつはいつもよくしてくれたし、良い友達だった。一緒にビールを飲んで愉快に過ごした。彼を笑わせてやり、色々と気になっていることをいっとき忘れさせてやれたと思う。

おまえさんは銀行に3億円ばかり残して死ぬんじゃないか、なんてよく言ってた。ランディはとても倹約家だったんだ。ホテルはいつも安いところをとっていた。私なんかは、そのときそのときを楽しんでしまうのだがね。ランディはまだ58だったそうじゃないか。皮肉なものだ。あれだけ持ってればあと200年は生きられただろうに。

ビンス・マクマホンとの確執ー
自分を訴えたような男を連れ戻したりするマクマホンが、サベージとは二度とビジネスをしようとしなかった理由にはいろんな噂がある。理由が何であれ、マンデーナイト・ウォーと、94年のサベージWWE離脱までの期間に、マクマホンの側に何らかの心変わりがあったと見られている。サベージとブルーノ・サンマルチノは、マクマホンがけして殿堂入りさせない、WWEの2大スター選手である。

ブレット・ハートの記憶では、サベージがWCWに移籍する際、泥酔したサベージが朝の6時にビンスに電話をかけ、罵倒したらしいという噂が流れた。ハートが本人に確認したところ、そのような事実はないと驚いていたという。年を取ったサベージにマクマホンが見切りをつけたという説もある。あるいはサベージがWCW移籍にあたって、ビンスにカウンターオファーを頼まなかったことで後味の悪さを残したのだという人もいる。


晩年の素顔のサベージー
晩年のサベージと交流があった唯一のレスラーはブライアン・クラッシュ・アダムスであった。ブレット・ハートがアダムスにサベージの電話番号を聞いたところ、アダムスは、誰にも教えるなと言われているんだと答えたのだという。そこでハートは自分の番号をアダムスに託したが、サベージからの電話はなかった。

2007年、アダムスの葬儀にブレット・ハートとクリス・ジェリコが参列していた。

ジェリコが回想する。「そしたら彼が来た。白髪で、ヒゲが生えていて、いったい誰なのか、誰もわからなかった。でもそれがランディだった。結局あの声でわかったんだ。ブレットにも最初はわからなかった。彼の外見はすっかり変わっていた。まるでサンタクロースみたいだった」

彼は、「ブレット、俺だよ」、と言った。葬儀の後、ブレットはまたランディに電話をしようとしたが、ランディからはやはり、電話はかかってこなかった。
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高橋テツヤ

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