Extreme Challenge(モンテコックス興行)200回大会達成


11月12日のUFC on FOXで「ドスサントス vs ベラスケス」を見た人の数は結局、9,566,000人であった。内訳は、FOXが8,802,000人、平行して生中継をしていたスペイン語チャンネル FOX Deportesが764,000人。ここ10年ではプロレス・ボクシングをあわせても、もっとも多くの人が見た試合となった。ボクシングは元々、HBOなど有料チャンネル中継が多く、視聴者数という指標ではあまり大きな数字が出ない。プロレスでは1988年の「ハルク・ホーガン vs アンドレ・ザ・ジャイアント」を3300万人が、10年以上前のRAWで行われた「スティーブ・オースティン vs ジ・アンダーテイカー」 が1100万人を集めたという記録がある。レスリング・オブザーバ最新号より。


【アメリカのテレビでもっとも多くの人が見たMMAの試合】

1 ジュニオール・ドス・サントス vs. ケイン・ベラスケス(2011年11月12日、FOX + FOX Deportes、9,566,000)

2 キンボ・スライス vs ジェームス・トンプソン(2008年5月31日、CBS、7,281,000)

3 ケン・シャムロック vs ティト・オーティス(2006年10月10日、Spike、6,524,000)

4 キンボ・スライス vs セス・ペトルゼリ(2008年10月4日、CBS、6,451,000)

5 キンボ・スライス vs ロイ・ネルソン(2009年9月30日、Spike、6,100,000)

6 ロビー・ローラー vs スコット・スミス(2008年5月31日、CBS、5,867,000)

7 クイントン・ジャクソン vs ダン・ヘンダーソン(2007年9月8日、Spike、5,811,000)

8 ジナ・カラーノ vs ケイトリン・ヤング(2008年5月31日、CBS、5,508,000)

9 マイケル・ビスピン vs マット・ハミル(2007年9月8日、Spike、5,475,000)

10 エミリャーエンコ・ヒョードル vs ブレット・ロジャーズ(2009年11月7日、CBS、5,467,000)

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先週の水曜日、アイオワ州Council Bluffs の Harrah's Casino で、モンテ・コックスが主催する「Extreme Challenge」の第200回目の興行が行われたのだそうだ。Extreme Challengeは15年前に、Quad City Ultimate の名称で、イリノイ州デモインで旗揚げしている。

Quad City Times 紙でスポーツエディターを務めていたモンテ・コックスが第1回の Quad City Ultimate を手がけてみたのは1996年1月20日のことだった。チケットを8 000枚売り上げ、売り上げ金額は数十万ドル、手元には当時の年収以上が残った。第二回イベントでも6000枚が売れた。

彼は夢中になった。

やがて彼は、デモインでMMA反対派に苦しめられる。「ヒューマン・コックファイティング」だと非難されたコックスは、自分だってたいした経験もないのに、地元のラジオやテレビに出演しては、MMAは野蛮なスポーツではありませんと防衛に追われた。

チケットが売れなくなると、コックスはテントを積んで別の町へと車を走らせた。ミッドウエストではどこに行っても、市場は手つかずだった。MMAのプロモーションなど、ほかにはなかったからだ。当たりをつけて適当な町に乗り込み、会場を予約し、スポンサーに当たり、チラシを作り、地元メディアに声をかけ、また次の町へと出向いた。

そうこうしているうちに、彼は年間に20~25大会を手がけるようになっていた。当時、UFCは政治的に抑圧されており、年間5大会が開ければラッキーな状態だった・・・


・・・ 時には反対派を利用することもあった。あるイベントは、大会まで1週間しかないのに、チケットが500枚しか売れていなかった。そこで彼は「アルティメット・ファイティングをやめろ!」とかかれた看板を用意し、何人かの人を雇って、反対運動をさせた。もちろん、メディアにも連絡し、議論をあおった。そして、それでもどんなものか見たい人は、この日にこの会場にきてみてくれと案内した。その1週間でチケットが3000枚売れたという。


初めて輩出したスター選手はパット・ミレティッチ。そのあとを、ジェレミー・ホーン、マット・ヒューズ、ジェンズ・パルバー、ショーン・シャーク、ティム・シルビア、リッチ・フランクリンらが追いかけた。やがてコックスは選手のマネジメント業もするようになり、UFCなど他団体に選手を売り込むようになった。何百人もの選手がExtreme Challengeを駆け抜けていった。ファイトマネーはさほどよくないが、ステップアップするための経験と舞台を与え続けてきた。

コックスによれば、UFCに行った選手は75人~100人くらいではないかというが、もはやはっきりとはしない。


・・・Extreme Challengeでは現在、社員3人で年間30~35大会を回しているが、いったいいつまで続けるのだろうか。


コックスもわからないという。コックスは、UFCがFOXで放送されるようになったこともあり、MMAはまだまだ成長していくと見ており、30人もの選手のマネジメント業も安定しているが、プロモーション業にタオルを投げるつもりはない。「こいつがホントにでかくなったときに、隠居の身ではいたくないんでね」。


Extreme Challenge 200 は、いつも通りの大会だ。地域で名前を挙げようという選手が登場してくる。しかし、15周年の証として、元UFCのタイトルコンテンダー、ジェレミー・ホーンが花を添えることになっている。ホーンは第一回大会にも出場していた。コックスにとっては一抹のほろ苦さもある。MMAは遠くまできた。ずいぶんよくなったこともある。あまり代わりばえしないこともたくさんある。


いい記念日になるよ、とコックスはいう。「まだまだ楽しんでる。昔ほどではないけどね。新鮮さはもうないな。でもいまは、17年の経験を社員に教えようとしているところなんだ。広い人脈を保っていれば、助けてもらえることもあるということをね」

(出所)On eve of 200th event, Extreme Challenge brass recount sport's (shaky) roots (MMA Junkie)

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レスリング・オブザーバ最新号に掲載されていたトリビア。WWEはかつて、UFC実況アナウンサーのマイク・ゴールドバーグの引き抜きを画策、ゴールバーグもいったんはRAW担当アナウンサーになることにこれに合意し、WWEへの移籍が確定的だったことがあるという。WWEはさらに、「2005年10月3日のUFCライブ中継をドタキャンし、同日からのRAW中継にサプライズ登場」すればボーナスを支払うというオファーを出していた。

しかしゴールバーグはドタキャンの件については断わり、結局その後、UFCがゴールドバーグの給与を引き上げて引き留めを行い、WWE移籍そのものも消滅したのだそうだ。

当時WWEでは、ジム・ロスに代わる番組の新しい顔を探していた。ゴールドバーグの話が流れた後は、ジョナサン・コーチマン、次いでジョーイ・スタイルズが起用されたが、いずれもビンスの気に召さず、結局ジム・ロスが復帰したりしていた。ちなみにビンスは、マイク・ゴールドバーグという名前がビル・ゴールドバーグを連想させることから、WWEでは名前を変えることを求めていたのだという。

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先週の水曜日、アイオワ州Council Bluffs の Harrah’s Casino で、モンテ・コックスが主催する「Extreme Challenge」の第200回目の興行が行われたのだそうだ。Extreme Challengeは15年前……旗揚げしている。 …(略)第1回の Quad City Ultimate を手がけてみたのは1996年1

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