ロンダ・ラウジーのモト


・・・ロンダ・ラウジーの母親、アン・マリア・デマルスは、1984年にアメリカ人として初めての柔道世界チャンピオンになった。デマルスは4人の子供に柔道を押しつけることはなかったが、とりあえず一度はやらせてみた。ロンダにはあっていた。

「自分のペースでやりなさい、と言い聞かせていた。ロンダは、やれと言われると、うまくできなくなる子だったから」とデマルスは笑う。「学校でも問題ばかり起こしていた。それで私はこう思った。柔道をやっている限り、1人では出来ないんだから、外に出て行ってほかの子供と会うことになる。それ、いいかも、ってね」

・・・選手時代のデマルスは、押さえ込みや関節技で恐れられていた。そしてそれには理由があった。膝の怪我を何年も放置していたために、床に寝かせないと、相手とまともに戦えなくなっていたのだ。

デマルスは語っている。「勝つための唯一の作戦はグラウンドに誘い込んで、アームバーかチョークを極めることだった。私の柔道の試合の95%はマットワークだった・・・多くの柔道家は投げ技に力を入れていたから、他人の弱点で勝負が出来たのがよかったんだと思う。ロンダに柔道を教えるときにも、ほとんどの人が苦手にしている分野に力を入れた。それは、立ち技から寝技へのトランジッション。私はこれを、黄金の数秒と呼んでいるのだけれど。」

「人は投げられると「しまった」と思うし、投げると「やった」と思う。どちらの場合にも、人は一瞬、たじろいで、守りが弱くなる。しっかり準備しておけば、そこを狙うことが出来る。」



・・・「私のスタイルは、母から来ている。」とラウジーは語っている。「母は17歳で膝を怪我して、当時は再建術も何もなかったから、仕方なく寝技を使うようになった。母が新しかったのは、女子柔道選手としては初めて、ストレングスとコンディショニングに時間を費やしたことだった」

「ずっと昔に起きたことが、今の私に影響しているのはおもしろいなあと思う。もし母が膝の怪我をしていなかったら、いまの私はずいぶんと違う種類の選手になっていたはず。ベルトもとれていなかったかも。そんなことを考えると、すごいなあと思うわね」

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・・・「14歳頃までは私が娘に寝技を教えていたんだけど、私も年をとって、娘にかなわなくなってしまった。そこで、ハヤスタンに連れて行くことにした」。

ハヤスタンアカデミーは、ジュードー・ジーン・ラベルの一番弟子、アルメニアの国民的柔道家ゴーカー・シビチアンが運営していた。アカデミーは消してヤワな場所ではなかった。ラベルはアカデミーで何千人もをチョークで落としてきたが、その中にはスティーブン・セガールもいた。ゴーカーとその一味がどんな暮らしぶりをしているのか、想像するのも恐ろしかった。デマルスも、娘を送り込んで大丈夫かしらと案じた。

「よくない噂も聞いていた。道場にこれまで女性はいなかった。アルメニア人は女性が嫌いらしいと吹き込んでくる人もいた。そういえば私もアルメニアのことなんかなにも知らない。だから私はゴーカーに電話をかけた。私は忙しいから、17歳の姉にロンダの送り迎えをさせたいの。なんだかよくない噂も聞くけど、大丈夫だって約束してくれる?」

するとゴーカーはこう答えた。「約束する。もしも誰かが、あなたの娘たちに怪我をさせたり、触ったりしたら、俺がそいつのことを個人的に始末してやる」。それで十分だった。

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・・・デマルスが特に感心したのは、ロンダの練習パートナーで、後にUFCで活躍するマニー・ガンブリャンだった。ジムの人たちはロンダが泣き出すとお手上げになっていたが、マニーは違っていた。「泣かせておけばいい。次はもっと強く投げてやるからな。」そんな態度が、ロンダを上達させ、今につながる闘争心をはぐくんだ。

アカデミーの先生カロ・パリジャンは語っている「ロンダはみんなの目の前で成長したんだ。僕らみたいなアニマルとずっと練習してきて、柔道で世界をとった。もう15年のつきあいだからね。本当の妹みたいに思っているよ。ロンダはすごいよ。どんなに強いか、まだよく伝わっていないと思う。彼女は決してあきらめないからね」

・・・「こんなこと、言っていいのかどうかわからないけど」とデマルスは明かす。「ロンダは少し成長が遅かった。普通14歳にもなれば、男らしかったり女らしかったりするけれど、ロンダはやせた子供のままだった。柔道着はいつも大きすぎた。ぴったり合う着がなかったのだ」

(出所)
The Gentle Way: Strikeforce Champion Ronda Rousey and the Birth of a Judo Star (Bleacher Report)

>涙のあおり映像が何本作れることか・・・お父さんにもすごいドラマがあるらしく・・・

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山本“KID”徳郁 五反田駅でホーム転落男性を救い出した(NEWSポストセブン)

青木真也がラジオ日本『真夜中のハーリー&レイス』に生出演!(DREAM公式)
4月24日に生出演。勝っても負けても出る、ということだろう。

@DanHerbertson

今気づいたんだけど、K-1 Rising 2012のメールは電通から来ているな。



猪木が荷物検査に「バカヤローッ」(日刊スポーツ)
この写真・・・ほんとに怒ってるな・・・

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まとめteみた.【ロンダ・ラウジーのモト】

・・・ロンダ・ラウジーの母親、アン・マリア・デマルスは、1984年

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