キンボ・スライス追悼


ベラトールのエース、キンボ・スライスが米国時間の6月6日(月)にフロリダ州の病院で亡くなった。このブログでもぜひ追悼の記事を書きたいところなのだが、雑事に紛れて思うに任せない。そこでここでは、Dropkickチャンネルで僕が担当している連載記事MMA Unleashedの2014年8月21日号をまるまる再掲することで、故人を偲びたい。

UFCが「先進的」「別次元」「弱肉強食」の世界であるとすれば、キンボ・スライスのいる風景は、いわば普通のアメリカ、日本とたいして変わらないアメリカの象徴だったような気がする。それにしてもキンボは、YouTubeから飛び出したストリートファイターという出始めの頃の印象を、結局最後まで更新することも破ることもできなかった。すさまじい視聴率王であったにもかかわらず、キンボは映画にも出ず、自伝も出版せず、いったんボクシングに転向はしてみたけれど、それも全く話題にならなかった。人気先行の大男という意味ではどことなくボブ・サップを連想する人もいるかもしれないけれど、キンボはサップのような芸もなく、開き直ったところもなく、ひたすら不器用にコツコツやるしかない人だったのではないかと想像する。惜しむらくは、RIZINの大舞台で、この異形の人がどんな化学変化を起こしうるのか、一度は見てみたかった気はする。

ちなみに僕も最近はブロク執筆はぼちぼちだけど、Unleashedにはこんな感じでわりにきちんと毎週書いているので、この過去記事を読んでもし気に入ったら、Dropkickに申し込んでみてください。最新号では「リコシェ vs. オスプレイ」をネタに、プロレスのサイコロジーをあれこれ論じています。


キンボ・スライスと共に散ったエリートXCのMMAバブル

2008年10月4日、EliteXCのフロリダ州サンライズ大会は、米地上波CBSが生中継する「サタデーナイトファイト」の第3弾だった。メインイベントを飾るのはEliteXC最大のスター、キンボ・スライス。マイアミのポルノ映画製作会社リアリティキングス社でバウンサーを務めていたキンボは、自宅裏庭で行ったベアナックルでのストリートファイトをホームビデオで撮影しYouTubeに掲載したことを契機に、当時のアンチPC(ポリティカル・コレクトネス)ムーブメントにも乗って一躍ヒーローの座に躍り出ていた。

「キンボはまさにポップカルチャーのアイコンだった。彼の姿は映画で使われ、彼の名前はヒップホップの歌詞に歌われた。キンボはすでに格闘技ビジネスの枠を超えた存在だった」と語るのは当時のEliteXCのマッチメーカー、リッチ・チョウだ。「キンボが出場する大会の観客は格闘技ファンではなかった。町にサーカスがやってきたのと同じで、だれもが『ショー』をチェックしに来ていたのだ。彼らはMMAファンではないから、他の選手にはまるで興味を示さなかった。彼らはキンボのファンだった」

メインイベントでキンボと対戦することとなっていたのは、当時44歳、4年間勝ち星のなかったケン・シャムロックだった。「キンボと戦わないかとオファーされたとき、ここまでなめられているのかと思って、正直いって自分はショックを受けた」とシャムロックは振り返る。「キンボが自分には勝てないことは明白だった。自分のようにテイクダウンを狙ってくる相手には、ラッキーパンチがヒットする確率も極めて低い。だから自分としては、オーケー、やろうじゃないかと答えたんだ。決断は簡単だった。キンボに技術はない。これはチャンスだと思って飛びついたんだ」

EliteXCのバイスプレシデント、ジャレッド・ショーはこの試合について、こんな皮算用をしていた。「キンボとシャムロックの試合は、キンボの成長にとっても、視聴率獲得の観点からも、意義深い試合になると思った。シャムロックの知名度は抜群だ。タイミングも悪くない。もしシャムロックが勝てば、EliteXCでもうひと花咲かせることができる。キンボが勝てば、一段高いレベルに達することができる。キンボがMMAファイターとしてどれくらい進化してきたのかも見たかった」

この大会を成功裡に終えることができれば、EliteXCブランドはCBSに買収してもらえる可能性があった。それによって運営会社ProEliteは、巨額の赤字から脱することができるはずだった。

ところが試合の前日になって、シャムロックとEliteXCとの間で、金銭問題が発生する。シャムロックの試合の契約書には、「シャムロックがこの大会でもっとも高給取りとならなければいけない」旨が明記されていた。しかし大会寸前になって、パートナー団体のアフリクションが「アンドレイ・アルロフスキー vs. ロイ・ネルソン」の試合をこのEliteXC大会で組んでくれないかと依頼してきたのだ。

シャムロックは語っている。「この大会は自分とキンボの名前ですでにソールドアウトしていた。そこにアルロフスキーとネルソンを追加しても、これ以上チケットが売れるわけではなかった。アフリクションは、ラスベガスで計画していた大会が、前売りが700枚しか売れなかったという理由でキャンセルになったため、この試合を別の場所で実施したいと言うことだった。キンボはビジネスに疎いから、特に気にしていないようだったが、自分にとっては冷や水をぶっかけられた気分だった。だって、アルロフスキーとネルソンのファイトマネーは、自分よりウンと高かったからだ」

アルロフスキーとネルソンのファイトマネーはアフリクションが支払うこととなっていたため、実際にはEliteXCに契約違反があったとは言えない。しかしこのことが、土壇場でのドラマを生み出す種となる。

試合当日、ケン・シャムロックはウォームアップ中に目の上に大きな裂傷を負ってしまう。栄養士のダン・フリーマン(どういうわけかキンボそっくりの体格をした男だ)とホテルの部屋で柔術の練習をしていて、頭と頭がぶつかってしまったのだ。

「あのとき、怒っていたのは事実だ」とシャムロックは振り返る。「EliteXCは金銭問題について、ちゃんと向き合って説明をしようとしなかった。そのことで自分は侮辱されたような気分になっていた。だから、スパーリングで気分をクリアにしたかった。試合に集中したかったんだ」

傷口は深く、縫合が必要だった。シャムロックは試合に出ると言い張ったが、フロリダ州コミッションが許可を出すとは思えなかった。

そのときのことをリッチ・チョウはこう語る。「もちろんだれもがこう思った。試合当日にどうしてそんなことをするんだ?ケンは試合をサボタージュしたのだろうか?そもそも傷口もどこか不自然だった。なんだか手術跡みたいで、どうも疑わしい・・・でもそんなことに構っている暇はなかった。解決策を考えなければならない。このままでは1万人の客がビール瓶を投げつけて暴動を起こすと思ったんだ」

コミッションがケンに対して、正式に出場禁止処分を下すと、バックステージは大混乱に陥った。CBSの重役も、Showtimeのプロデューサーも、ProEliteの広報担当者も、だれもかもがさまざまなアイデアを口にした。そのことでますます混乱が増大していった。

混乱の現場には、放送席で生中継の解説を務めることになっていたフランク・シャムロックもいた。「僕もとにかく焦りまくった。頭がおかしくなりそうだった。文字通り、だれもがあらゆる人に電話をかけ、事情を説明し、大会が中止になるかもしれないと叫んでいた。」

「10分ほどして、僕は思い切って自分の手を挙げた。ファイトライセンスなら持っていた。みなが文字通り狂乱状態で、叫んだり怒鳴ったりしていたなか、自分が試合をすると名乗り出たんだ。大会を中止するわけにはいかない、その一心だった。」

ジャレッド・ショーは後に、このときフランクは代役を買って出るだけではなく、負け試合を演じてもよいと語ったと証言している。

「僕が立候補したとき、正直この案で決まりだと思った。そしたらジャレッドが戻ってきてこう言うんだ。『キンボがキミとの試合を断った』。だから僕は言った。おいおい、僕は昨日も遅くまで酒を飲んでいたんだ。厳しい試合にはならないよ。」

「まあ、CBSも難色を示していたと後で耳にしたけれどね。解説者がいきなり戦うだなんて、スポーツとしておかしいということだった。そりゃそうだ」(フランク)

夜になり、観衆が集まり初めても、バックステージではまだ結論が出ていなかった。方向性は2つだった。試合を中止するか、あるいはその日前座で組まれていたヘビー級戦に出場予定だったセス・ペトルゼリとアーロン・ロサのどちらかをケン・シャムロックの代役に立てるかだ。

ペトルゼリに決めたのはEliteXCのディレクター、ジェレミー・ラペンだった。キンボに体重が近かったから、というのが唯一の理由だ。プロモーター、重役、選手、コミッションの間でさまざまな会話が交わされた。このあと、だれとだれがどんな話をしたのかは、いまとなってはだれにもわからない。ペトルゼリが、グラウンド戦に持ち込まないと約束をしてカネを受け取ったらしいとの噂も流れた。とにもかくにも、生中継開始前に、収集案がまとまり、キンボ欠場という最悪の事態は避けられた。

「でも、仲間内ではみんなわかっていた」とフランク・シャムロックは語る。「上の方の人はちっともわかっちゃいなかったけど、僕らは、ああ、キンボが試合から撤退するか、わざと負けるに違いないと思ったんだ」

ゴングが鳴るとキンボは勢いよくケージの中央に躍り出た。ペトルゼリは金網に後退した。キンボが追いかけて入ってくるところ、ペトルゼリは右のショートジャブを放った。テレビ視聴者の目には、それはいかにも何でもないパンチに見えた。しかしキンボはマットに顔をめり込ませるように倒れ込んだ。ペトルゼリが数発、追撃のパウンドを放ったところで、レフリーが試合を止めた。試合はわずか14秒で終わった。会場はまるで強奪現場のような大騒ぎに陥った。

「キンボが額から倒れていったとき、これですべてが崩壊したと悟った」とフランク・シャムロックは語っている。「カネが散っていくのが文字通り目に見えた」

ペトルゼリはこう振り返る。「興奮して勝ち誇りながらケージを3周走った。そしたらコミッションの人がやってきて、『落ち着きなさい。客が荒れている』と言ったんだ。我に返って見渡してみると、客がひどい怒号を飛ばしたり、怒ったりわめいたりしていた。『だめだ、暴動に巻き込まれる』と怖くなった僕は、コミッションの人にお願いした。『ここから出して頂けませんか』」

その数週間後、EliteXCはその歴史に終止符を打った。次回大会のメインイベントには、「ニック・ディアス vs. エディ・アルバレス」が発表されていたが、これはもちろん幻と消えた。キンボ・スライスという壊れやすい巨星に、あまりにも多くの人がぶら下がりすぎていたのだ。


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高橋テツヤ

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