BJペン、山本“KID”徳郁について語る


BJペン、山本“KID”徳郁について語る。BJPenn.Comより。

キッドが闘病していたことは少し前から知っていた。彼が、「BJ、オレ、またハワイに行きたいよ」とメールしてきたから、私はもちろんだ、いつでも来なさいと返事をした。彼は数か月にわたって行きたいと言っていたから、私は来ればいいよと答えていたんだ。でも彼は来なかった。グアムの知り合いからの連絡で、キッドの具合が良くないと聞いた。そこで私は次の日には飛行機に飛び乗って、グアムに飛んだんだ。キッドは本当にハワイに来たがっていたけれど、難しいと言うことだった。だから私からグアムに行った。

生前のキッドと1週間ほど過ごせたことは光栄だった。彼はこれまでと変わらず、楽しそうにやっているように見えた。キッドは私たちをコーチしてくれたり、練習をつけてくれたりした。私が肩をいためていたのをみて、マッサージまでしてくれたんだ。

キッド・ヤマモトはオリジナル”マイティマウス”だった。というか、デミトリアス・ジョンソンが階級を上げてTJディラショーとマックス・ホロウェイの両方をぶっ飛ばしたとしたら、それが全盛期のキッドだった。まったく恐れ知らずで、気持ちの強い人だった。自分が亡くなるとも信じていなかったんじゃないか。キッドクラスになると、ただタフなだけじゃないんだ。試合で強いのはもちろんだが、死との戦いすら避けなかったんだと思う。



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プロフィール

高橋テツヤ

格闘技とプロレス、海外とニッポン、スポーツとエンターテインメント、勝者と敗者の際を究めて極めたい、プロレス・格闘技を愛するライター・翻訳者。

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