エバン・タナーの冒険


エバン・タナーを悼む声。読めば読むほど、謎は深まり、興味はつきません。正しいプロレスラーだったのかもしれません。

2006年4月に敗退してから、タナーはUFCを辞め、2007年暮れまで、放浪と飲酒の日々に戻った。何度目かの人生の転落だった。ただ彼は、今回の転落が最低だったという。ふと、自分が36歳で、弱くて、燃え尽きていて、体調も最悪であることに気がついたのだ。そこで彼の新しい冒険が始まった。ファイターになるのだ。

小さな町でのバウンサーやら大工仕事、皿洗い、パン屋でのバイトをやめ、タナーはラスベガスに引っ越し、練習を開始した。小さなアパートを借り、しばしば床で眠った。読書だけはやめなかったため、部屋は本で埋まっていたという。去年の10月からは酒も断ったが、良い感覚が戻るまでには何ヶ月もの練習が必要だった。

6月のケンドール・グローブ戦は、結局タナーのラストマッチとなったが、試合前にUFCのジョー・シウバは、これは「ルーザー・リーブ・タウン」マッチだと宣告した。タナーは敗退、生涯戦績は34勝8敗だった。

取り急ぎの検死結果は熱中症。現地警察によると、自殺を示す痕跡はない、ただ、この地域では、冬に迷子になる人はいるが、夏は猛暑を避けて人は来ないのが普通なので、困惑しているという。さらにタナーのオートバイは空だったが、キャンプ地には水とガソリンがたっぷりあったと語っている。

(出所)レスリング・オブザーバー9月15日号

選手としては、タナーはこのスポーツのパイオニアの一人として記憶されるだろう。元UFCミドル級王者で、最強とも言われた。そのことは誰も否定出来ない業績である。ただ、奇妙なことに、彼自身は王者にも最強にもなろうとしなかった。格闘技は彼の冒険の一つ、自分の人生にコレクションに加える一つのストーリーに過ぎなかったのである。タナーはしばしば、もっとも評価の低い、あるいは、もっとも出来すぎな結果を出した選手だとも言われるが、それもうなずける。

何せこの男は、グラップリングをビデオテープを見て自分で学んだのである。年間を通しての練習はせず、練習は試合前の2ヶ月だけだったと認めている。それでこの業績なのである。ある意味、恐るべき選手だ。

(出所)MMA on Tap

この野生児はほんの偶然で格闘技に出会った。殆どのMMAの選手は何年も専念して大きな舞台に立つが、タナーはたまたま舞台に立っていた。彼は飲み続けたし、自由気ままなブログでカルト的な人気も得た。バイクを愛し、愛車はクラシックカー。練習よりもサーフィンを楽しんだ。タナーは朝起きた瞬間から、タナーというキャラクターだった。

しばしば選手はスポンサーシップだ何だと文句を言っているが、どうにかしようと自ら動く選手はどれほどいるだろうか。タナーは「チーム・タナー」を結成し、ファンがタナーを直接スポンサー出来る仕組みを取り入れた。お返しは記念品などだ。あなたにもエバン・タナーを買うことが出来たわけだ。タナーは気前のいい男だった。未来のある選手のための居場所を設けようともしていた。

彼のマネージャーによると、砂漠でガソリンがなくなってから、タナーは戻ろうとして世俗に向かって歩いていたという。われわれの中にはいないが、我々に向かって戻ってくる。それがエバン・タナーなのだ。

(出所)Figure4Online

われわれは、タナーが砂漠で死んでしまうのではないかと冗談を言っていた。死ぬかどうか、賭けをしようとしていたくらいだ。彼がこういうことをするのは初めてではない。エバンはボートでおぼれるんじゃないかとか、ジープやバイクの事故をおこすんじゃないかとか、毎月なにか起こすんじゃないかと思っていた。彼に死にたい気持ちがあったのかどうかは分からない。ただ彼は、どんなリスクがあるかは明確に認識していたと思う。とにかく、いつも何も起きず、またブログが書かれ、また冒険に出かけていく。「エバン・タナーの冒険」はすっかりお馴染みの風景だった。

エバンはアル中だった。多くの記事がこの点を無視しようとするが、実際にはそれが彼の性格のもっとも大きな特徴だった。UFCから離れていた2年間、彼は死に至るような飲み方をしていた。そして彼は選択を迫られ、生きることを選んだ。酒を断つ日を決めて、それを実行した。禁酒したのだ。そしてUFCに戻るために努力し、実際に戻った。試合には負けたが、私の心は揺すぶられた。ほとんど破滅寸前までいって、カムバックしたのである。私たちは、エバンに欠点があるから嫌いなのではない。彼に欠点があるから好きなのである。

(出所)Fightlinker.com

以下はSherdogの追悼記事より

●Deana Epperson、タナーの子供の頃からの知人
もっとも本能的なレベルで、彼は革新的だった。あまり人には言いたがらなかったが、彼には映像を記憶することができた。グレイジー柔術のビデオを入手したとき、彼はそれを見れば、すぐに自分のレパートリーにすることが出来た。生まれつきの才能もあり、非常に頭が良く、見聞きしたことを全て覚えた。21歳まで道場に一度も行ったことのない男が、こんな業績を上げられた本当の理由はこれである。

●ポール・ブエンテロ
高校ではいつも彼の背中を見ていた。学校一の悪ガキの前でも堂々としていた。とても静かで、いても誰にも気づかれないような面もあった。いつも校庭の隅っこにいた。冬でも真夏でも、いつも重ね着をしていた。そしていつも減量していた。一人で何かをしているのが好きだった。彼がレスリングをすると、いつも満員になった。

彼は戦うことは好きではない。あくまで表現方法の一つとして楽しんでいた。エバンとみんなで食事をしていたとき、彼は格闘技は殆ど見ないと言っていた。これには驚いた。ワールドクラスのファイターでありながら、それに興味を持たない。ひょっとして自分はこのスポーツに興味を持ちすぎているのかと疑ったよ。ある意味、彼のおかげで、自分がこのスポーツを愛していることが確認できた。一歩離れたところから格闘技を眺める、という彼流のやり方は忘れない。彼は首を突っ込みすぎない。外から眺めている。

●Kid Cope、トレーナー
ムエタイはどこで習ったのかと聞いたところ、こういうことだった。この話はみんなが知っているのか、自分だけが知らなかったのかは分からない。とにかく彼は、へき地の小屋に住んでいたと言うんだ。生活の全てを、一台の発電機でまかなっていたらしい。で、一部屋しかない小屋の中で、ビデオテープや本を見て、自分で学んだと言うんだ。本当だよ。それで彼は、UFCに出て、ベルトを取ったんだ!

●マット・リンドランド
彼が試合に向けて練習するときは、いつも別人のようになっていた。酒やら、そのほか邪魔になるものは全部脇に置いて、試合に集中していた。試合が終わると、彼は自己チューに逆戻りして、チームに貢献しようとはしなかった。というより、チームにとけ込まないように努力しているように見えた。それでもみんな、彼のことが好きだった。みんな、彼のことを助けたいと思っていたが、彼は助けはいらないようだった。何せ彼は、UFCのチャンピオンなんだ。

●Jason Leigh
(UFCミドル級ベルト獲得直前の話)
朝の3時に電話があって、森で迷子になったという。周りに何があるか教えてくれれば見つけに行くよ、というと、町立図書館があるという。なんだ、さっきいたバーからフットボールを投げ込むことが出来る距離だ。でも彼は迷子になって三時間歩き続けたという。外は寒くて風が強かった。僕は、図書館で待ってろ、迎えに行くよと言った。数分で図書館に着いて車を止めたが、誰もいないので、ホーンをならしてみた。するとヤツはゴミ箱からはい出てきた。当時彼は長髪で、髪がぐちゃぐちゃになっていた。

数日後、彼は言った「ああ、僕には出来ない。調子が悪すぎる」。確かに彼は体調が悪く、食べ物もロクに取れない状態だった。彼はバイクにまたがり、オレゴンに向かった。途中何度かホテルで泊まり、プライオメトリクス(筋肉緊張法)で体調を戻した。オレゴンに着くと猛烈に練習して短時間でコンディションを作り、オクタゴンに上がって世界を驚かせた。

●ガイ・メッツァー
日本ではタナーは無茶苦茶に長い散歩をした。新横浜のあたりで、ひとつの英語もみえないようなところで、何があるか見てみたいと言うだけの理由で、ヤツは何時間も歩いた。僕は「クレイジーだよ、道に迷っちゃうよ!」とか言っていた。

でもヤツはいつもそんな風だった。奇妙だがネガティブな意味ではない。ホントの意味での冒険家なんだ。バイクで砂漠に行ったと聞いても驚かない。彼は何も恐れていないから。バックパックを背負って中近東だって歩ける男だ。彼はいつも、おどろくほど直載で、ときには直截過ぎた。僕は彼のブログを読んで、おいおい、ちょっと情報公開しすぎだろと思ってた。

●John Hauner、タナーの代理人
オーシャンサイドへの引っ越しは正解だった。彼のアパートはビーチに面していた。彼はサーファインを楽しんでいた。精神状態は良かった。ラスベガスは彼にとっては軽薄すぎる場所だった。彼の心は枯渇し、窒息しそうだった。

彼は酔っぱらうのをやめ、人生を変えようと極めていた。ライフスタイルを変えることは難しかったし、彼の健康状態にも悪影響を与えた。ケンドール・グローブ戦でも気分は優れなかった。エネルギーを感じることが出来ないような状態で、とても疲れていた。禁酒の副作用だと思われた。彼は、なんとか凌ごうと努力していた。

砂漠に行って自分を「浄化」したいという試みの一つの目的は、この副作用を取り除くことにあったと思う。岡見戦の2ヶ月前には、禁酒による鳥肌がひどかった。彼は熱心に練習し、鳥肌を治そうとしていた。敗戦後、ポツンと座っていた彼は、こんな試合の後に酒を飲めないのは、人生で一番辛いことだと言っていた。でも彼は飲まなかった。

昨日はタナーの自宅に居た。いつものように、彼は一瞬、レーダーから消えただけのように思えたからだ。やがて宅配が届いた。それはエバンが買ったヘルメットだった。キャンプに行く前にネットで通販をしていたのだ。帰ってくるつもりだったのだろう。

●Deana Epperson
タナーが砂漠で死ぬわけがない。冗談でしょう。彼はジェームス・ディーンのように逝くべきだった。それにしても、まさか死ぬことになるなんて、彼自身も分からなかったとは思う。でももし彼が80まで生きて、老衰で死ぬとしたら、それはそれでショックだ。彼なら、サーフィン中におぼれるか、鮫にでも食べられるのではないかと思っていた。タナーはそんな逝き方をすべきで、あんなに頭のいい人が、十分なガソリンを持たないで砂漠に行っただなんて、まるで狐につままれたような気持ちだ。

●Jason Leigh
僕とタナーは、自殺から宗教まで、あらゆる話をした。彼は最低の状態の時でも、消して自分の命を取ろうとはしなかった。何度か心配させられたことはあったが、彼は底を打ってから、山の頂上まではい上がってくる男だ。人生を簡単にギブアップするようなヤツじゃないよ。

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