それって、くたびれないですか

●WWEが、毎年9月に実施していたPPV「Unforgiven」が、新しく「Breaking Point」という名称の大会に変更される。主要な試合をサブミッション・マッチにするというのがコンセプトだそうだ。出所 F4W Online。おもしろいのかなあ・・・

●フランク・トリッグがUFC復帰、9ヶ月の交渉の末4試合契約を締結。トリッグは現在4連勝中。ウエルター級で参戦する見込み。出所 USA Today

●次回ストライクフォース大会での「アルロフスキー vsロジャーズ」の勝者が、この大会を欠場となったヘビー級王者アリスター・オーフレイムのベルトに挑戦する見通しだとMMA Fanhouseが報じている。オーフレイムは真夏に復帰ということだ。

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下記は文学の話なのだが、まあ、格闘技とかプロレスとか修斗とかスーパーハルクとかメディアとかサラリーマン人生とか、いろいろに読み替え可能。やっぱし、くたびれないと仕方ないんじゃないかというのが僕にとっての take away だったけど、まあFood for Thoughtまで。

柴田 例えば芝居を見ていて、後ろに背景があって樹木があるんだけれども、実はベニヤ板な訳ですね。それを樹木ではなくベニア板だと、つい認識してしまう。

高橋 そうです。「全部舞台の袖にいる演出家が演出したモノじゃないか」という感じです。芝居の中身よりもそういうことが気になってしまう。この世界はコード(引用者注:社会のマジョリティの約束事)で出来ているわけだから、そういう人間にとってそのことを抜きにして何かを書くというのは無理なんですね。その場合、選択肢は3つあります。

(1)わかっているけれども面倒くさいからコード通りに書く
(2)コードのあるものは書けないので書かない
(3)「コードがあるよ」と書く

この3つしかないんです。そしてその選択は、どれが正しくて、どれが間違っているかわからないのです。僕は「コードがあるよ」と書くのが高度なテクニックだと思いません。ただ、「これはコードじゃないか」と指摘する作品が、もし他にほとんど無いとしたら、誰かがそれをやらないと気持ち悪いだろう、とは思うんですね。


高橋 コードとか規範とかタブーとか、ある種マインドコントロールされた状態みたいなモノは誰にでもあると思うんです。それに対して・・・もし全否定するとして、それが何かのプラスになるだろうかという風に考えてしまう。そうすると結局、全否定はプラスにならないと考えるんです。つまりその全否定の態度とは、文学上の原理主義とでも言うべきモノですね・・・全否定の論理は全く正しいのだけれど、原理主義は基本的に何も生み出さない。正しいものでなければ、すべて灰燼に期すわけですから。


高橋 僕自身は文学に、というか小説に「本当」を望みます。そのように書きもします。しかし、それが作品の中で実現できるとは思いません。「本当」の看板を掲げた「嘘」でいいのです。極端なことを言うとそれは一種のショウです。でもフィクションは非常に高度なショウであるべきです。現代史はプロレスではなくてガチンコの勝負をやろうとして、怪我をしたようなものです。プロレスは興行ですよね。本気でやったのでは全員怪我をしてしまう。とはいえ、僕は怪我するから真剣勝負をするなとも言わないし、単なる興行でいいとも思わないのですが・・・じゃあどこが足場なのか。「おまえはどこでやっているのか」と言われると困ります。

柴田 それって、くたびれないですか。

高橋 しょっちゅうくたびれてます(笑)。


(出所)柴田元幸、高橋源一郎 「柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方」河出書房 2009

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