プロフェッショナリズムの裏側


MMA's Poetry Without Pros (Sherdog)

全訳。ちょっと難解かな。

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ブロック・レスナーの試合後劇場は、どんな大会であっても大衆を興奮させ怒らせただろうが、もしこれが、MMAの標準的ベイビーフェイスである、控えめで品位高いジョルジュ・サンピエールと並列していなかったら、影響はここまで増幅しただろうか。

表面的にはサンピエールは、レスナーとはかけ離れた存在に見える。オーダーメイドのスーツと、ヘビメタのパーカーの違いがある。サンピエールの対戦相手はいつでも過去最強だ。レスナーの対戦相手はいつでも恥をかかされ去勢されてしまう。「ハッピー、スマイル、子供にキス」と「怒り、しかめっ面、子供を食う」の対比である。

UFC100の前日記者会見を振り返ってみよう。レスナーは簡単な挨拶を述べただけで、なんとさっさと立ち去ろうとしたのである。ダナ・ホワイトが割り込んで彼を引き留め、手を握って何かをささやき、なんとか席に着かせ、60分間辛抱させる必要があった。

他方でサンピエールは、楽しそうに参席しており、求められた質問には全部答え、記者会見後にも答え続けていた。メインストリーム・メディアはサンピエールを食い尽くしているようであった。これぞ本当のプロフェッショナルである。あるいは、少なくとも、MMA業界の人から見れば、かくありたいと思う姿である。

奇妙なことではあるが、サンピエールとレスナーにはそれぞれにプロフェッショナリズムがあり、ぶっちゃけていえば、それは彼らの弱点でもある。

サン・ピエールが真のプロだと思われているのは、彼の人当たりの良い「ナイスガイ」ぶりが、ある種のメディアにとって、このスポーツは荒くれ者ばかりではないんだと信じる助けになるからである。ロジックを一ひねりしてみよう。サンピエールのメディア対応の欠点。それは、クリーンで保守的な回答が、窒息しそうにありきたりな「対戦相手をリスペクトします」といった言葉で語られてしまうこと。丹念に作り上げられたスーパースター像の型にはまりすぎているのである。

逆にサンピエールにはプロらしからぬ点もあって、それは、彼にはアクセスしやすすぎるのだ。もちろんそれは彼の長所だ。彼が会見後の囲み取材に応じなかったとしても、誰からも恨まれることはないだろうが、それでも彼はやる。回答は決まり切ったものばかりではあるが、UFC100を報じようとするメインストリーム・メディアの記者たちは、サンピエールほどのステイタスの人間がこんなに寛大に時間を割いてくれるなんて、他分野のスポーツスターにはまるであり得ないことだと感嘆している。

どんな小規模なpodcastでも、サンピエールの電話出演を依頼することができるだろうし、10分から15分の時間はもらえるだろう。彼は6年前とまるで変わらぬ優美さで答えてくれる。多少は慎重にはなったようだけれど。

こういう面はMMAのすばらしいところだ。でもこれって、「プロらしさ」の処方箋とは言えない。プロスポーツでよく見かけるのは、ブロック・レスナーに代表される、注意深く作り上げられるブランドである。

レスナーは、メディア対応しているくらいなら、この宇宙のどこか他の場所に行ってしまいたいと思う男だ。専属の弁護士が、いつ、だれと、どこでインタビューを受けるかをきびしく切り盛りしている。時にはUFC広報の言うことも聞かない。イベントに参加するときには、お付きの人間のバリケードの中にいる。まるでタイガー・ウッズ並である。プロモーションの必要があるときだけ、慎重に選んだ記者とだけ会い、キャラクターを壊さないようにPRをすませたら、さっさと宮殿に引きこもる。

試合後の騒動のせいで、レスナーのキャラはその体格同様に、等身大以上のものになっている。MMAではあまり見かけない、驚くべきパッケージができあがっている。ところが彼は、これ以上ないくらい伝統的でもある。記者会見での彼は危険人物を演じようとしていたが、実際にはほど遠い。

レスナーはコーンを食って育った「ラスリン」選手で、戦っていなければ農業をやっていたはずの男だ。プレイメイトと結婚。試合にはメタリカの「エンター・サンドマン」で入場。これは「古くさくてタフな男」の代表曲である。クアーズライトを誇りを持って飲む。プロレスの方程式を横に置けば、彼の脳みそは筋肉でできている。

われわれはそんなものを欲しいのだろうか。もしレスナーが本当にそんな男だったら、こんなに魅力に溢れているものだろうか。もちろん違う。

プロレスでのキャリアのおかげで、レスナーはティト・オーティスの50倍も人を扇動することが出来る。このスポーツの基準によれば、彼の言葉は「プロらしからぬ」ということになる。ただ彼が正確に理解しているのは、ことに試合が迫ってきたときには、それはもはやMMAの問題だけではないということなのだ。彼はセールスもやっているのだ。

といっても、彼の言動がすべてフェイクだと言うわけではない。レスナーは普段はミアのような男をハンティングに誘ったりするような男ではない。ただマイクがオンになっていれば、大声を出す方法を知っているということだ。

アタマの硬い連中は昔から、対立構造のポリティックスを減らそうと務めてきたが、それってつねに、プロの試合では飛び道具だったのだ。偉大さや、ファンとのつながりはそうしないと生まれない。アリとフレイザーがこの上なく野蛮かつ美しいライバル関係にあるのは、単に彼らが偉大なヘビー級であるからではなく、お互いのことを躊躇なく喋れるからである。

サンピエールを洗練されたプロ、レスナーを名誉やリスペクトを知らぬ嘘くさい怒りん坊と決めつけるのはたやすいことだが、それは間違いである。それぞれに、純粋なプロフェッショナリズムの罠を持っていて、ファンやメディアを遠ざけたり近づけたりする。サンピエールは誰にでも時間を割く洒落た美意識の男として、レスナーは孤立しながら同時にファンをひきつけ、普通ではあり得ないような商業的高みを達成する男として、それぞれの美徳を持っている。そして両者が一番面白いのは、去勢されたお仕事としての「プロフェッショナリズム」に逆らうときなのである。

われわれが欲しいのは、人気スポーツによく蔓延っている心ない詐欺師なのだろうか。もしサンピエールが、「スイック vs カンプマン」の勝者なんて、アウブスやフィッチほどは良くないなあと認めたとしたら、どんなにすっきりするだろう。そして仮にレスナーが、podcast で共和党の言うことに相づちを打ったり、DVD のプロモーションをやっていたらどんなに素晴らしいだろうか。

それが私の切望するMMAである。プロフェッショナリズムに用はない。

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