【夏の読書】リー・マレー;リアル・プリズンブレイク

●ストライクフォース「Carano vs. Cyborg」番組オープニングビデオ。


非常に案じられた計量も、女子二人を含め無事全員合格。カラーノは久しぶりの試合なので試合勘が心配。それと、カラーノの本拠地エクストリーム・クートゥアが近頃生ぬるくなっているとの報道があったのも気になる。美人の方が負けそう・・・というのは状況設定もかぐわしい。公開計量でブーイングを浴びたという石田の試合も楽しみ!

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リー・マレーはロンドン南東部、治安の悪いバーンフィールド住宅整備地区で育った。子供の頃からギャングメンバーだったという。99年にMMAジム London Shootfighters に入門、2002年までにビアホールなどのアングラシーンで6戦(4勝)し人気を得る。ミンクのコートとシルクのタイトシャツがトレードマークだった。当時からリーの私生活は謎に包まれていた。セミプロのMMAファイターにして、妻子のためにベッドタウンに邸宅を購入。ドラッグ売買など様々なことに手を染めていたと見られ、ケント警察からは追われているのが常態となっていた。



2002年7月、ロンドンで開催されたUFC38を観戦したマレーは、師匠のパット・ミレティッチとともに大会後パーティに出席。そこでティト・オーティス陣営の一人がじゃれつくようにミレティッチの背中に飛び乗った様子を真に受けたマレーを中心に、喧嘩が勃発。マレーはその場でティト・オーティスをパンチ5連発でKOしてしまう。

2004年1月31日、マンダレイ・ベイでのUFC46 でリーはオクタゴンデビューを果たす。「羊たちの沈黙」風のマスクにオレンジ色のジャンプスーツを着て入場、ホルヘ・リベラを1分45秒で締め落とし、いよいよ次は因縁のオーティス戦が組まれるものと見られた。

しかしその年の夏、マレーは暴行容疑で起訴される。2003年のクリスマスに、マレーが家族でドライブをしていたところ、別の車がつっこんできたことに怒ったマレーは、相手の車と、相手自身を「無効化」してしまったという。結局罪に問われることはなかったが、この件でマレーはUFCでのキャリアに終止符を打つことになる。米国がマレーにVISAの発給を取りやめたからである。

2005年の秋には、マレー行きつけのバーで二人の男にナイフで襲われ、乳頭を切り落とされる。その翌週、同じ場所で行われたマレーのボクシングコーチの誕生会の場で再び乱闘が勃発、30名以上が殴り合う中、マレーは胸を刺され動脈から大流血、近くの列車の駅までヨタヨタとたどり着いたところを救急救命士に保護される。

病院でマレーの顔はラグビーボール大に腫れ上がり、4リットルの失血で蘇生術が必要だった。付き添った友人は、「その夜彼は3度死んだ」と語ったという。

12月上旬にはマレーはジムでの練習を再開、しかしかつての荒々しさは影を潜めていた。

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2006年2月21日午後8時40分、警察官の恰好をした男二人が、コリン・ディクソンの自宅のドアをノックした。ディクソンは、ロンドン郊外のセキュリタス銀行のマネージャである。妻のリンが応対したところ、ご主人のディクソンさんが事故に巻き込まれたので、息子さんを連れてお越しくださいという。リンらは10時前にわけのわからない田舎の農園に放り込まれる。そこには目隠しされ手錠で拘束されている夫の姿があった。

2月22日午前1時、男たちはディクソンを車に積み込んで銀行に向かった。セキュリタス銀行に着くとディクソンを人質にした強盗はガードマンに命じて金庫の扉を開けさせる。スキー用のマスクを被り、武器を持った6人の強盗が後に続いた。14人の銀行員が内部にいて、集計をしていた。ディクソンは行員に、「言われたとおりにしてくれ。私の家族を人質に取られているんだ」と告げる。

強盗団がかねて内部潜行させていたガードマンが金庫やセキュリティ・システムの情報を把握していたため、銀行の内部構造はすでに筒抜けになっていた。40分かけて彼らは金網に紙幣を詰め込み、フォークリフトで現金をトラックに積み込んだ。2時34分、トラックは満杯になった。二人がトラックで逃亡し、残りの5人が人質を空の金庫に閉じこめた。けが人はいなかった。ディクソンが金庫を抜け出し警報を鳴らしたのは30分後のことだった。被害総額5300万ポンド、英国史上最大の強盗劇だった。

金庫からはリー・マレーのDNAが検出されていた。その数週間前、マレーは飲酒運転容疑で調べを受けており、彼の黄色いフェラーリが警察に押収されていた。そのフェラーリのシートの下から見つかった携帯電話に、強盗計画に関する会話の録音が残っていた。

ところが捜査は進展しなかった。マレーはあっという間にモロッコに出国していたのである。マレーがどうやって出国したのかは明らかではない。ある証言によれば、マレーは共謀者とともにカーフェリーで渡ったとされており、車の中では「ダイアモンドは永遠に」のCDを繰り返し聞いていたという。

今年1月、7人の強盗のうち5人が、合計で140年の懲役に入った。6人目もまもなく公判が行われる。4000万ポンドがいまだに行方不明である。

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マレーは、父親がモロッコ国籍であることから、自分も国民として保護されることを訴えているという。モロッコとイギリスの間には犯罪人の引き渡し協定がない。マレーはモロッコの首都ラバトに150万ドルのヴィラを購入し、金色のメルセデスを乗り回していた。

イギリス政府からの要請を受け、ラバト警察は2006年6月、ショッピングモールで50人が揉み合う騒動をねつ造し、その過程でマレーを逮捕、家宅捜索でコカインを押収。マレーは2007年2月には懲役8ヶ月で有罪判決を受け、懲役終了後も引き続き26ヶ月間収監されていた。

6月の終わり頃、モロッコの最高裁は、マレーはモロッコ国民と認定し、イギリス政府との引き渡し条約には応じないとの決定を下した。これによりマレーは一時、釈放された。

ところが今月初めになって、マレーは再び逮捕された。英国警察からの要請で、引き渡しは出来ないにせよ、銀行強盗事件をモロッコ国内法で裁いて欲しいとの要請があったことを受けたものだという。マレーの弁護士は、国内法であれば刑期はせいぜい10年程度だろうと見込んでいる。イギリス政府が、モロッコ国籍のテロリストと引き替えに、マレーの引き渡しを要求する取引を持ちかけ、モロッコ政府がこれに応じたとの見方もある。

マレーは監獄に持ち込んだ食料に、小さなのこぎりをしのばせていた。別の囚人がマレーの独房を襲い、マレーだけが何故か豊富に持っていた高価な衣服や食料を盗もうとしていて、のこぎりを見つけたのであった。のこぎりで鉄格子を切ろうとしていたものと見られている。あわせて脱獄計画書も見つかった。そのときマレーは、懲罰房に移されていて不在にしていた。獄中で、ノートパソコンと、5キロ相当のドラッグを所持していたことがばれたからである。

マレーは刑務所でもトレーニングを欠かさず、MMAに復帰する意欲を見せていると言うが、そのせいでかなり痩せているという。これも鉄格子をすり抜けるためなのではないかと見られているという。

なお、米スポーツ・イラストレイティッド誌は、リー・マレーを描いた映画 Breaking the Bank の製作を正式に決定し発表している。

(資料出所)

The story of "Lightning" Lee Murray (ESPN The Magazine)

Lee Murray back in police custody(ESPN The Magazine)

Murray's release surprised him, lawyers(ESPN The Magazine)

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