ラストエンペラーとは呼ばないで【いまさらヒョードル】

エミリャーエンコ・ヒョードルがロシア・トゥデイというインタビュー番組に出演。いつもの調子のつまらないインタビューが続くだけかと思ったら、番組の最後になって、いまさら・・・という驚きの告白を行った。

Q ではラストエンペラー、最後の質問ですが、引退についてどう考えていますか

ヒョードル まず、日本でラスト・エンペラーと呼ばれるようになって、どういうわけか定着してしまったけれども、私にはピンと来ない愛称だ。不愉快である。

引退についてはまだわからない。出来るだけ長く戦いたいとは思っているが、神の意志に従う。コーチになることは考えたい。若い世代にノウハウを伝えていく必要がある。でも他のことをするかもしれない。わからない。幸運にも、まだその決定は急がなくてもいいんだ。


ヒョードルのロシア語には英語の通訳音声が被さっているが、訳した人がMMAを知らないようで、「ジョージ・バーネット」「ドン・ヘンダーソン」「ケビン・ランデルバーン」など,選手の名前がことごとく奇妙なことになってしまっている。そういえば日本人でも「ミルコップ」などと言ってしまう人がいたけれども。

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ハルク・ホーガン def リック・フレア (Hulkamania Tour, Nov 21, Rod Laver Arena, Melbourne)

レスリング・オブザーバ11月30日号、Figure 4 Weekly 11月24日号をマッシュアップしてまとめた。

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今ツアーで最も驚くべきことは、ホーガンとフレアが記者会見で打ったアングルが、世界規模のパブリシティを得た、ということであった。この件から学ぶべきことは多い。オールド・スクールな、ごく基本的なプロレスのアングルでも、正しい設定で正しい人を相手に行なえば、いまでもおそろしく効果的でありえる、ということである。アングルの全貌はこうだった。記者会見で、フレアがホーガンを襲う。ホーガンは自分でカットして、白いTシャツを真っ赤に染める。まるで変哲もない、何の複雑さもない、バッドガイがグッドガイを襲い、グッドガイが必死にセールして見せただけのことだ。ほぼ全てのオーストラリア主要紙で報じられただけでなく、イギリス、ドイツ、イタリア、アメリカ、その他数十カ国で報道されたのである。TNAの全歴史を合計しても、これだけの報道は得られていないと思う。そして、多くのメディアがこれをまるで本物であるかのように報じたのである。2009年に、である。


それでも、収容16,800の Rod Laver Arena に、7,500人しか動員できなかった。観客の多くはディスカウント・チケットや、「一枚買えばもう一枚プレゼント」のチケットや、招待券で入場していた。定価で購入されたチケットは3000枚程度であった。

一部の座席セクションを閉鎖し、巨大なタイタントロンと二つの大スクリーンを設営、花火がたかれ、まるでNitro や Pride のような雰囲気もあって、ライブイベントとしてのプロダクションはWWEよりも優れていた。

2002年にWWEがホーガンをメインにオーストラリア大会を行ったとき、実際にはホーガンはビンスからの扱われ方に不満を表明し出場しなかったのだが、それでも5万6千人を集めたものだった。

ホーガンの前戦は2007年4月にメンフィスで行われたビッグ・ショー戦であったが、有料入場者数はわずか2200人で、北米ではもはやホーガン効果は存在しないと言われた。ホーガンとフレアは2008年12月にシャーロッテで、リード・フレアのプロ・デビュー戦でそれぞれレフリー役・マネージャー役で競演したが、そのときには800人しか集客できず、高校の体育館を満員にすることが出来なかった。

数週間前に手術を終えたばかりのホーガンは、ほとんど動けないようだった。フレアや、おそらくはスティングのような相手がいなければ、ホーガンがTNAで試合をすることなどあり得ないように見えた。

この二人は古典的な試合出すら出来ないのではないかとも思われていたが、いまでも観客とワークすることができるということを証明した。一人は56歳で身体はボロボロ、もう一人は61歳という二人のプロレス界の永年のスターが、11月21日メルボルンで9年ぶりに試合を行い、歓声の大きさでいえば大成功を収めたのである。

フレアは試合前に80年代風の煽り映像に登場し、ホーガンを脅し、ヒールを演じた。ホーガンはひどい出来だったが、なんと言ってもハルク・ホーガンであるので、客もリスペクトが先に立ち、ひどい動きにもブーイングが起きなかった。ロッカールームはこの試合を見るために空になっていた。

ホーガンの動きは遅く、バンプは一度も取らず、体調のせいでレッグドロップももはや出せないことは本人も認めていた。ある意味、フレアは完璧な対戦相手だった。フレアは未だにバンプを取りまくり、両者とも大量の流血を見たがフレアの流血量は気分が悪くなるほどだった。ジミー・ハートの介入や、フィニッシュにつながったレイシー・フォン・エリックの助けも使って、たくさんのムーブをショートカットしていた。

フレアはホーガンのためにバンプを取りまくっていた。ホーガンが、ロープから走ってくるフレアにショルダースルーを仕掛けた際には、フレアはバンプを取ったが、ホーガンもバランスを崩し、ほとんど倒れそうになっていたが、ロープに寄りかかって持ちこたえていた。場外乱闘のためにロープの間をくぐって降りるだけでも、ニーブレスが邪魔になって非常に遅く、途中でニーブレスは取り去られた。悲しかったのは、ホーガンがフレアをコーナーにおいこみ、ミドルロープに上ってフレアの頭にパンチ10連発をお見舞いするシーンで、ヒザが持ちこたえられず、フレアが支えてやっていた。それを除けば、ホーガンは大丈夫だった。動きは遅いし、多くのことは出来ないし、ほとんど唯一のワザはヘッドロックからのバックドロップくらいなものだったし、凄い試合とはとても言えないが、期待は上回った。試合時間17分だったが、ホーガンはWWF王者時代でも、ハウスショーではこんなに長く試合をしなかった。

観衆は、大スターを見ている限り、いろんなことを見過ごすものだ。両者は、ホーガンが現在の体調のままで4連戦を切り抜けることが出来るよう、注意深く動いていた。

試合後には観客がリングサイドに押し寄せ、ホーガンは試合じたいよりも長い間、ポーズをとり続けたのであった。

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内藤vs興毅は選手だけでない、興行主の“戦い”
話題性と興行人気のビミョーな関係を探る(日経ビジネスオンライン)

経済誌といえばDynamite! 記者会見でも、「週刊東洋経済」の記者が質問していた。質問してどうするんだろう?東洋経済に何か載せるのかな。

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ゴン格の吉田豪の書評を読んで、さらにこのページを読んでいたら、Kamipro に関する勝手な連想が羽ばたく。Kamiproは、ステーションカジノが倒産したらUFCがつぶれると散々読者を啓発しておられたので、今回も同じ構造なのだろう。きっと。

出版社(版元)が本を作る。その本は取次を経由して書店に入る。書店は取次に代金を支払う。ここまではどの商品とも変わらない。ところが、出版界ではここからが違う。本のばあいは返品(返本)がある。書店は売れ残った本を取次に返品し、取次はそれを出版社に返品する。出版社は返品ぶんの代金を取次に返し、取次は書店に返す。ということは、出版社は資金繰りのために本を作っていて、書店も資金繰りのために返品をしているということなのだ。



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