ドン・フライ・ストーリー

【UFN20】メイナードがディアズに勝利も消化不良の内容に――、ダナムはTUF8ウィナー破りUFC3連勝!(MMA PLANET)

試合未見、見て印象に残ったら後日感想を書くかも。

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ニューヨーク州のパターソン知事が、MMA合法化を提案する見込みとなった。New York Daily News より。マジソン・スクエア・ガーデンなどの会場業者も知事を支援する姿勢を見せている。お隣のニュージャージー州で3月に開催されるUFCイベントはすでにソルドアウトととなっている。

同州は90億ドルもの負債を抱えており、MMA合法化は財政再建策の一環であるという。ニューヨークでは1997年に、ジョージ・パタキ知事がこのスポーツを違法とした。その後2度にわたり、アスレティック・コミッションに解禁提案が行われたが、どちらも廃案となっている。

MMA反対派の急先鋒、ボブ・ライリーはこの動きに対し、このスポーツの暴力性を減じた上で認めるという妥協案も用意しているという。具体的には、グラウンド状態での打撃の禁止、エルボーの禁止などだそうだ。あわせて知事と連絡を取って、MMAの暴力性・非経済性についての説得にあたることにしているとのこと。「自分の妥協案が議会で取りあげられないなら、私は議会上の床に横たわって動かない」などと語っている。この人、すごい。なんだろ、いったい(笑)。

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アブダビの王子様がUFCの少数株主になったと先日報じたが、Sherdog によれば正確には、アブダビ国営の Flash Entertainment と言う会社がZuffa のオーナーになったそうだ。

Zuffa 株式はこれまで、フランク・フェルティータが45%、ロレンゾ・フェルティータが45%、ダナ・ホワイトが10%を所有していたが、今回の売却により、フランクとロレンゾはそれぞれ40.5%、ダナ・ホワイトは9%、Flash 社が10%という持ち株比率になる。ロレンゾは、「今われわれはUFCを世界的なブランドにしようとしている。彼らのおかげで、中東や東南アジア、中国などの地域でその目標をより早く実現することが出来る」と語り、あくまで世界展開のための戦略的な取引であったことを強調している。

TSNによるとフラッシュ・エンターテインメント社は、中東地域に世界トップクラスのコンサートなどを招聘しているプロモーション企業だそうだ。

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レスリング・オブザーバ最新号より。ブロック・レスナーは医師から腸の状態についての検査結果を聞いたようなのだが、これからどうすべきかをはっきりと決定できるような話では無かった模様だ。結局レスナーは、取りあえず夏頃の試合に出場してみて、様子を見るということらしい。

大きな手術が必要なのか否かが大きな分かれ目になっていた。手術をするなら2年は試合が出来ず、その後も試合が出来る保証はないという。

憩室炎という病気は、手術をしたとしても再発の可能性が高い上、手術で患部を取り除くと、その場所から再発することが多いそうだ。

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トニー・ホーム氏の死因は自殺と見られているそうだ。レスリング・オブザーバ

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Jewels の富田里奈ちゃんもお気に入りのドン・フライ(44)の引退にあたり、レスリング・オブザーバ1月4日号がフライのキャリアをまとめている。そこから抄訳。

Quote
 フライは子供の頃からずっとプロレスファンで、アイドルはリック・フレア、テリー・ファンク、スーパースター・ビリー・グラハムだった・・・地元で消防士として働いていたとき、UFC5でダン・スバーンを見て早速連絡を取り、トレーニング・パートナーとして雇われた。

 フライがUFCに初登場したのは1996年の「UFC 8: David vs. Goliath 」で、異種格闘技戦風味を高めるため柔道家としてトーナメントに参戦。初戦はプエルトリコからきた408パウンドのトーマス・ラミレス(ストリートファイト200勝無敗)に8秒で勝利(フライは195パウンド)。これは昨年7月にトッド・ダフィがティム・ヘイグを7秒でKOするまで、長くUFCの最短試合記録となっていた。二回戦では270パウンドのボクサーのサム・アドキンスを48秒葬。決勝戦ではアームレスリング王者のゲイリー・グッドリッジを2分14秒で下して優勝を飾った。衝撃のスター誕生と見られ、フライは早速、「ピープル」誌の表紙を飾っている。

しかし、このようなスポーツの性質上、労働組合から消防士の評判をおとしめたとされ、消防の仕事を辞めさせられることとなる。

同年、フライはUltimate Ultimate 1996(UFC11.5とも呼ばれる)に出場、ケン・シャムロック、キモ、ブライアン・ジョンストンらそうそうたるメンツが揃ったトーナメントで、ゲーリー・グッドリッジ、マーク・ホール(キモのリザーバー)、タンク・アボットを下して再び優勝。失神寸前の熱戦を繰り返した。

フライはこの年UFCで10勝1敗だったが、このトーナメントで怪我をし、以降はUFCにあがることはなかった。

1997年、フライは新日本プロレスからの高額契約を得た。UFCがプロレス雑誌などでも話題になるにつれ、新日本もリアルファイターギミックを欲しがるようになった。第一候補は実はケン・シャムロックであったが、WWFに競り負けたため、フライを獲得したのだった。フライは97年から2001年まで、新日本で働いた。

98年4月、東京ドーム大会で、フライはトーナメントで小川直也を下し、アントニオ猪木引退戦に進んだ。そのときの観客57000人、ゲート収入7億円は、今でも日本のプロレス史上最大である。引退戦で猪木はフライをトップ外人としてオーバーさせるつもりであったが、引退戦が一般メディアでも予想以上に大きく報じられることとなったことから、直前に計画は変更された。試合自体も長くなる予定であったが、試合開始早々に猪木があばらを痛めてしまったことから、4分19秒で終了した。

フライはこのほか、1999年4月の東京ドーム大会(IWGP戦、武藤敬司)、2001年7月の札幌ドーム大会(IWGP戦、藤田和之)、2000年12月の猪木祭り(大阪ドーム、ケン・シャムロックと組んで、武藤・高田組と)などでメインイベントを勤めた。

当時フライはWWF、WCW、少し後でTNAとも交渉を持ったが、アメリカのメジャー団体に登場することはなかった。WWFはフライの酒癖を問題にしたという。

フライは独特のカリズマ性と観客を乗せるセンスで、プロレス経験の少なさをカバーしていた。表情やタイミングにとても優れていた。UFCファイターというキャラクターを良く理解しており、掴んだロープを離さないと言った程度の単純な動きでヒートを買えることをうまく利用していた。ユニークさを協調するため、鼻とアゴのヒゲを生やしたり剃ったり、胸毛まで剃ったり、髪を伸ばしたり切ったりして、外見を常に変えるということもしていた。


MMAへの復帰は2001年9月24日、Prideでギルバート・アイブルに反則勝ちを収めた試合だった。アイブルの度重なる目潰し攻撃にフライが怒りのヘッドバットで応戦する乱戦だったが、9/11事件の直後だったこともあり、悪いガイジンに屈しないアメリカのシンボルのように見えたのであった。実はフライは、試合の一週間前のプロレス(スコット・ホール戦)で大腿四頭筋を損傷、交通事故で傷めた頸椎も直っていないという満身創痍だった。

2002年8月、代々木国立競技場での第一回ダイナマイトで、フライはジェロム・レバンナとK-1ルールで対戦、KO負けを喫した。フライとバンナは、まずK-1戦、そのあとMMA戦の順で2試合を行う予定となっていたが、バンナは結局MMA戦は行わなかった。それでもフライが不満を口にしたことはなかった。「これだけのカネをもらってるんだ。べつにかまわないさ」


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