長州のビジネスモデルはラッシャー木村の模倣だった?


レスリング・オブザーバ5月31日号にラッシャー木村の追悼記事があった。個人的には結構知っている話が多かったが、晩年のコメディマッチしかみたことのない若い人のために、木村さんのいろんな面を、このオブザーバの記事の抄訳を通じて紹介し、故人をしのびたいと思う。

(Quote)
日本で行われた最初の金網デスマッチは1970年10月8日大阪で、木村が覆面レスラーのドクター・デス(ムース・モロウスキー)と対戦したものだった。宣伝不足のままいきなり行われたため、試合を見たファンは大きなショックを受けたという。試合はTBSのプライムタイムで水曜の夜に中継された。

金網デスマッチはその後木村のトレードマークとなり、同年12月12日には東京で初めての金網戦では木村がオックス・ベイカーを下した。その試合で木村は足に怪我をしたが、そのことはその後ストーリーに組み込まれ、翌年3月にはギブスをしたまま、ミスター・クエスチョンを倒して見せたりした。

国際プロレス崩壊は、木村の生涯でもっとも強力なアングルを呼び込んだ。アニマル浜口、寺西勇を引き連れて、新日本プロレス田園コロシアム大会に登場したのである。木村は、国プロを潰したの新日本に復讐すると語った。猪木はこの挑戦を受け、1981年11月4日、1対3のハンディキャップ戦を蔵前国技館で行った。

この抗争の歴史的な重要性は、新日本がここでの成功を模倣して、長州力をカタリストに、組織内アウトサイダー軍団を結成し正規軍と競わせるというモデルになったということである。

格が守られていた時代、新日本での木村はおおむねプロテクトされていた。それほど多くのパフォーマンスを持たなかったので、なかなかダメージを受けない男、攻撃を受けても倒れない男というギミックであった。セールもしなかったので、ホーガンやブッチャーといったキャラのかぶる選手との試合は意固地の激突のおもしろさがあった。

1984年4月10日、京王プラザホテルでUWFの設立記者会見が行われた。プッシュされることもなくなった木村もUWF設立に参加、当初は前田日明に次ぐビッグネームだった。

木村が全日本に参戦したのは1984年の最強タッグリーグ戦で、タッグパートナーは馬場だった。リーグ戦終盤、木村は馬場を裏切って襲いかかり、そこから馬場との抗争が始まり、徐々にコメディマッチに変化していった。

木村の最後のプッシュは1989年の世界最強タッグリーグ戦、馬場とのチームを再結成し、3位を獲得した。優勝はハンセン・天龍、2位は鶴田・谷津だった。

木村の最終戦は2003年3月1日ノア武道館「三沢 vs 小橋」大会の第一試合、百田光雄と組んで、永源・川畑組を下したものだった。

2003年、木村は重度の脳卒中に見舞われた。対外的には負傷欠場とアナウンスされた。2004年のノア東京ドーム大会で、スクリーンから引退宣言をした木村には、あきらかな後遺症が認められた。

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「ラシャド vs ランページ」の結果を受けて、年末までには「ショーグン vs ラシャド」が実現の見込みとなったが、ダナ・ホワイトは「リョート vs ランページ」という敗者同士の対戦を実現させたいとコメントしている

ランページ敗戦の弁。いまさら何を言う。MMA Weeklyより。

映画会社のFox Cannon が、もし負けたら訴えると脅してきたんだ。自分が試合をすることを知らなかったみたいでさ。もうホントにすごいプレッシャーだったよ。

とにかく全てが終わってくれて嬉しいよ。で、今夜から早速、映画の宣伝ツアーに出るんだ。もう、こんな映画をやっちゃったことをほとんど後悔しているよ。だって俺はファイターなんだよ。新しい挑戦をしてみようかなと思ったけど、宣伝ツアーとか何とか、そんなこと聞いてないし。なにがなんだかわからない。ほんとストレスだよお。

映画のオファーはいくつか来てる。しばらくは試合に集中していたので、どうするかは考えていない。でも何か決めないとな。いずれにせよ、両方やるというのはちょっと厳しいわ。どちらか一つを選ばないと。



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アフリクションがM-1 Global に対して訴訟を起こした。M-1が「コンサルティング・アグリーメント」を全うしなかったという趣旨で、支払い済みコンサルティング料240万ドルの返金を求めているという。

訴状によると、M-1とアフリクションの間では、ヒョードルの試合に関して、一試合30万ドルの「ファイト・アグリーメント」と、一試合120万ドルの「コンサルティング・アグリーメント」が締結されていた。アフリクションは、アグリーメントを二本に分けるのは、ヒョードルの個人所得税対策であると説明されていたという。

しかし、M-1はコンサルティングのサービスは行わなかったため、訴訟に踏み切ったという。

M-1はアフリクション大会をネット中継していたとは思うんですけどね。

2009年10月にはM-1がアフリクションを、「トリロジー」大会のキャンセルで被害を被ったとして訴えている。その際のM-1の主張は、競合相手のZuffaとの関係を修復するために、欠場となったジョシュ・バーネットの代役捜しをアフリクションが十分に行うことなく大会をキャンセルしたというものだった。ソースはシャードッグ

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テネシー州アスレティック・コミッションは、4月17日のストライクフォース大会後のケージ上での乱闘事件について、5人に対して、9ヶ月の出場停止と罰金2万ドルの処分を申し渡した。ただし、この処分を上告することなく受け入れるなら、出場停止3ヶ月、罰金5000~7500ドル程度に減刑されることとなっている。コミッションは5人の氏名は公表しない方針だが、シャードッグの取材によると、5人のうち4人は、ジェイク・シールズ、ギルバート・メレンデス、ニック・ディアズ、メイヘム・ミラーであることが明らかになっている。さらに6人目の処分対象者の調査も進行中だという。

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宇野も五味も負けたUFC Fan Expo で行われた「ダナ・ホワイト、そっくりさんコンテスト」出場者。



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