豪 ImpactFC リアルレポート / ブッチャー


レスリング・オブザーバに、7月17日にオーストラリアのシドニーで行われた Impact FC 大会の率直なレビューが掲載されていた。抄訳。

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 ピークを過ぎた元UFC王者たちを中心としたこの大会は、いろんな意味で悲しい大会であった・・・大会の一週間前から、危険信号は出ていた。安いチケットを買っていた人には、アリーナ席への無償アップグレードが提供されることとなった。チケットの売れ行きを物語っていたのだろう。「コナン・ザ・バーバリアン」の撮影を終えてブルガリアでトレーニングしていたボブ・サップの元には、大会4日前になって、飛行機運賃が高すぎるので来なくても良いとのメールが届いた。テレビ広告で予告されていたのに出場しなかったのはサップだけではない。ジェフ・モンソンも、カロ・パリジャンも姿を見せなかった。


出場選手には、元UFCミドル級王者ムリーロ・ブスタマンテ、元UFCヘビー級王者ジョシュ・バーネット、元WECミドル級王者パウロ・フィリヨ、元UFCウエルター級王者カルロス・ニュートン、UFC初代王者ケン・シャムロックがいた。

大会は、43歳にして2年半ぶりの出場となるブスタマンテの悲しい試合で幕を開けた。ブスタマンテに勝ったジェシー・テイラーという選手は、TUFに出演したものの、その後UFCにもストライクフォースにも入れなかった選手だ。バーネットは楽勝したが、対戦相手のジェロニモ・ドスサントスは過去5試合で3敗している選手だった。2004年以降の戦績が3勝6敗と落ち込んでいた33歳のニュートンは、オーストラリアに流れ着いていた一匹狼 Brian Ebersole に判定負けを喫した。

そして、元UFCスター選手対決、ケン・シャムロック(46歳)対ペドロ・ヒーゾ(36歳)戦が始まった。シャムロックは、小さな観衆からもっとも大きな歓声を受けていたが、昨年同じシドニーで、ハルク・ホーガンを見たときと同じような印象だった。観客は喜んではいたが、同時に見るに耐えなかった。シャムロックは、バーネット同様、カリフォルニアでのステロイド・テストに失格し、1年以上試合をしていない。そもそも2000年にWWFからMMAに復帰してからというもの、まるで別人である。ツアー中の豪放な生活や、ダメージの蓄積のためかと思われるが、とくにマット・ヒューズ戦で負ったクビの怪我のあとは人が変わってしまった。もっとも、そんな事情はなくても、ケージというのは46歳の男のいる場所ではない。クートゥアはあくまで例外なのである。

結論から言えば、「シャムロック対ヒーゾ」は最悪だった。メインイベントを見て、「どうか、この元スーパースターをこれ以上痛めつけないでください」としか思わないなんて悲しすぎる。そもそも試合前から、ケンが1Rを生き延びたら奇跡だと考えられていた。ヒーゾはシャムロックの左足へローキックを集中させた。ローキックはたしかにヒーゾの得意技ではあるとはいえ、シャムロックにはなすすべがなかった。強烈な蹴りをいたずらに受け続け、やがて片膝をついて、レフリーのジョン・マッカーシーに救いを請うているように見えた。その後さらにパンチを受けて顔面がボコボコになった。数発はクリーンヒットしていたが、シャムロックはさすがに何とか持ちこたえた。シャムロックは過去7年で2勝8敗、一度も2Rに進んだことがない。少なくとも、試合後に歩き回れる状態であったことは幸いだった。

これが彼のラストマッチになるかどうかは、プロモーター次第だろう。MMAファンは寛容だが、限界はある。かつてUFCファイターとしてどれほど人気があったとしても、UFCの外に出るとあまり意味はない。もしかするとシャムロックの選手としての最後の言葉として、この競技をとても愛していること、現役が終わるとしたらとても悲しいと言うこと、しかしその日は近いであろうことを語った。解説を務めたエルビス・シノシックが「再び戦うことはありますか」と尋ねたところ、自分が殴られるところをみんなが見たいと思ってくれる限り戦いたいと答えた。どこまで考えて喋っているのかわからないが、これほどまでに率直な台詞はどんなプロモーションでも聞いたことがない。

1万人収容のシドニー・エンターテインメント・センターに集まった観衆は2000名であった。たくさんの招待券が出た。観衆はほとんど、静かにしていた。たくさんの空席と、薄い反応を見ていると、オーストラリアでのMMA人気は消して大きくないことが見て取れた。

リング・アナウンサーのジョン・ホワイトについても触れないわけにはいかないだろう。PPV史上に残るようなひどい仕事ぶりだった。コミッショナーの会長の名前をど忘れしたとき、彼は一瞬黙り込んだあと、どういうわけかリック・フレアのようにWoooと叫んだのである。その後、名前を失念したことを認め、誰かに教えてもらっていた。ペドロ・ヒーゾの名前はアメリカ風にリッゾとコールしていた。画面上ではずっと「まもなくメインイベント、ジョシュ・バーネット登場」と表示されていたが、その試合の放映はすでに終わっていた。前週に行われたブリスベーン大会では、このリングアナウンサーは試合の合間に会場のファンを盛り上げようとおしゃべりをし、ますますひどい結果を招いていたという。

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ここここでも報じられた、ニューヨークタイムス掲載のアブドーラ・ザ・ブッチャーのインタビュー記事抄訳。


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・・・試合の翌日、アトランタ南東部にある飾り気のないレストラン「Abdullah the Butcher House of Ribs and Chinese Food」で、アブドーラはモチベーションについて語った。「マネーだよ、マネー」。

お金はアブドーラの会話から途切れることがない。アブドーラにプロモーションを頼っているあるレスラーは、「彼にとってはすべてがビジネスなんだ。何にでもお金を請求する。だからといって金に困っているわけでもない」
」と語っている。

このインタビューを依頼したときにも、アブドーラは支払いを要求した。「なんにでも値段はあるんだ。こっちも生活があるんでね」。謝金はないのだと説明すると、サイン入りの写真の束を指さして、「じゃああれを買え。1枚10ドルだ」と語った。

試合の時も、アブドーラは開口一番、「俺のカネはどこだ?」と言っていた。

アブドーラ自らが設立し運営するレストランで9ドルの夕食を注文すると、彼は少し饒舌になった。でも彼の答えはいつも短かくて簡単なものだった。なにせ、彼のライフストーリーを描いたDVDのリリースが近づいているいま、たくさんのことは語れない。

アブドーラは、日本で何試合かすれば1万ドルになる、昨日のような中学校の体育館での試合は150ドルだ、と語った。

そして、「たった2分のことだしな」と付け加えた。そんなに身体に応える仕事でもないんだよというように。

多くのレスラーが、アクションフィギュアやマスクと言った骨董品を行商しては生活の足しにしているものだが、アブドーラの場合は、自分が試合で使うフォークをマーケティングしていた。

彼の携帯電話がなった。息子さんが父の日のお祝いをしている。アブドーラは息子に、もっと金を送ってくれたら、電話もたくさんしてやるんだがなと語った。

そしてアブドーラは、昔の人がやるように、届いたグリーティング・カードを開けて振ってみた。ドル札が挟まっているかもしれないからだが、何も落ちては来なかった。

・・・レストラン中がアブドーラに父の日を祝った。アブドーラはこう返した。「もしきみらが100ドル札をくれたら、もっといい父の日になったんだがな」


アブドーラの行為は真実に根ざした芝居だ。プロレスラーは幻想と現実をごっちゃにして、絵を見えにくくする。オバマ大統領のポートレイトが、無数のプロレスラーのスナップショットに混じって壁に貼られている。アブドーラはコンサバ系のトークラジオの熱心な聴取者だ。いつもカネを要求するが、地域の青少年センターなどに寄付もしている。

寄付の件はたくさんあるオフレコ項目の一つだった。だって彼は悪党なのである。オフレコ項目にはまた、プロレスによる身体へのダメージのことがある。彼は唯一、おしりを交換しないと行けないことは認めている。シャツをはだくと左肩の下に火傷の跡がある。火炎放射器を使ったアドリブの試合で起きたアクシデントの残骸だ。

「あのとき頭を後ろに向けていなかったら、俺様は失明していた」とアブドーラは語った。

70代という現実に目くらましをするように、アブドーラは誓って見せた。「プロレスは死ぬまでやるよ」

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「ストライクフォース・チャレンジャーズ9」大会の平均視聴者数は197,000人で、同大会としては通常レベルの結果だったが、扱いの低さに不満爆発中のサラ・カフマンの試合が瞬間最高の254,000人を記録したという。フィニッシュも印象的だったし、これなら本戦昇格も時間の問題かも。

おもしろい。(宮田和幸BLOG)

RENAと久江が初戦で激突 ツヨカワガール最強決定戦(スポーツナビ)
こうして記者会見のたびに、あでやかに装ってくれるだけで、もう心意気を感じるじゃないですか。



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