コロシアム2000バックステージ アナザールック


先週木曜日のベラトール30のメインイベントは、「ブライアン・ベイカー def ジェレミー・ホーン」であった(MMA Fighting Stances)。ベイカーについては最近、ガンと闘病しながら試合もしていたという、小橋建太ばりの人間力物語が伝えられて話題になった。大ベテランのジェレミー・ホーンは、試合前に受けたインタビューで、尾崎元社長と面談中に前田日明がやってきた際の恐るべき思い出話を語っている。続けて抄訳。ちなみに今週のベラトールでには藤井恵が登場する。


Bellator's Bryan Baker Fighting Through Cancer and Opponents Simultaneously (MMA Fighting)

ブラアイン・ベイカー(24)は2月のはじめ、ベラトールと契約をした。優勝するには2ヶ月で3勝しなければならないという、ミドル級トーナメントへの参戦が義務づけられる。ベイカーはこの挑戦を気に入っていた。

しかし、最初の試合に備えた練習中に、何かが明らかにおかしくなってきた。ジムで一番練習熱心で、「ビースト」のニックネームを持つベイカーなのに、スタミナがほとんどなくなってしまい、いつも疲れ果てているようになった。ワークアウトを完了することすら出来なくなった。

ベイカーは振り返る。「たるんでるなあ、と思っていた。自分の態度を責めていた。自分の身体が練習を受け付けていないと思った。そんな自分に腹が立ち、無理を重ねた。気を失うまでやってやろうと思っていた。気持ちだけが前向きで、身体の言うことなんか聞くまいと思っていた」

ベイカーの様子を見ていたコーチのトーマス・デニーは、別の兆候も感じ取っていた。直感的に、単なるオーバーワークではないとかぎ取っていた。「最初は、スタフか何かかな?それともモノ(単核症)?くらいに思っていた。でも問題はふくれあがっていた。ベイカーの肌は緑色に変色していた。腰痛と頭痛に悩まされていた。」

地元の病院で血液検査を行ったところ、医師はベイカーに、もう練習はしてはいけない、何もしてはいけないと告げた。そしてガンの専門医を紹介し、精密検査を勧めたのだった。


精密検査の結果は4月19日に来た。医師の見立て通り、ベイカーはガンを患っていた。慢性骨髄性白血病だった。ベイカーの年代の男性の平均白血球量は4千~1万であるが、ベイカーのそれは10万であった。「白血病・リンパ腫協会」によると、5年生存率は54%ということだった。

ロッキーマウンテン・ガンセンターの医師は、ベイカーにグリベックを勧めた。2001年に認可された人気のあるクスリで、TIME誌で「ガン治療の革命」とうたわれたものだ。医師は、「これは通常の化学療法とは違う。1~2週間のうちに、症状は消失してゆく。運動選手が使っているケースも知っているが、みな、競技を続け、通常の生活を送っている」。しかしベイカーの試合は10日後に迫っていた。

ベイカーは体中に痛みを感じており、クスリの副作用で何日間かはベッドから起き上がることすら出来なかった。病気に伴う貧血もひどかった。

結局ベイカーは、試合の2日前から軽い準備が出来ただけだった。縄跳びは5分も続かなかった。それでもベイカーは出場を決めた。コーチのデニーは葛藤していた。

「もちろん、止めようとしたさ。でもこの子のことは、弟か息子のように思っている。その苦しみを思うと涙が出る。ベイカーは試合を心から望んでいた。チャンピオンになりたいという気持ちがすべてを支えていた。そんな彼の夢を取り上げることもできなかった」

信じがたいことに、ベイカーは1ラウンド2分43秒でTKO勝利を収めた・・・


ベイカーは、すべてのことは理由があって起きていると信じている。2月に標高の高いコロラドに引っ越したことで症状が悪化し、早期発見につながった、そうでなければ、もっと進行するまで見つからなかったかもしれない。ガンとつきあいながら夢を追い求めることも学んだし、最後の段階で負けたことも、この先の人生のモチベーションになるだろう・・・・



Exclusive: Jeremy Horn on Japan, Bellator and the UFC (Bloody Elbow)

Q パンクラスとRINGSの両方で戦ったことのあるアメリカ人は、あなたとフランク・シャムロックくらいではないかと思うのですが、パンクラス移籍後はアキラ・マエダとの関係はどうなったのですか?

ホーン マネージャを通していたから詳しいことはわからない。マネージャは当時、いろんなコンタクトを持っていたよ。マネジメントの仕組みも日本はちょっと違うんだ。アメリカでは、マネージャがマネジメントを担当し、団体と交渉し選手を売り込む。日本では、そのプロセスの中に第三の男が存在する。基本的はあらゆる団体やあらゆるマネージャの仲介人のような人だ。選手のブッキングだけが仕事だという人たちがいるんだ。どの団体にもブッキングが出来る。でもときには、特定の団体と親しくしている仲介人もいる。ともかく、そんな人たちが選手を物色していて、参戦交渉に当たってはマネージャに連絡してくる。そもそも僕がRINGSに出たのも、そんな風に話が進んだんだ。

Q あなたが「コロシアム2000」大会で田村潔司と戦ったとき、パンクラスの尾崎社長と会談をしています。そのようすを前田氏が目撃し、前田氏は尾崎氏に蹴りを入れたと言われています。あなたは当事者だったのですか?実際には何が起きたのですか?

ホーン 確かにその場にはいた。レストランのブースにいたんだ。

Q 前田氏があなたたちを見てキレたということですか

ホーン そうだ。

Q それはひどい。

ホーン ちがうんだよ。日本では伝統とか名誉とか、そんなことがとても大切なのだと言うことを理解しないといけない。僕がRINGSに招聘されているときに、パンクラスの尾崎氏が連絡を寄越したというのは、ずるいやり方だと思われるんだよ。通常であればたいしたことでもないんだけどね。尾崎氏は僕にただ、将来的なパンクラス参戦に興味はあるかと聞いてきただけなんだ。でも日本文化の中では、これはほんとにずるいことだったんだろう。だから前田氏がわれわれを見つけたとき、彼もブースにやってきて腰掛けたんだ。で、ちょっと大げさなことになっていたようだ。蹴りは入れていないよ。肩をつかんでゆすっていた。弟の襟首をつかんでいるような感じのことだよ。怒っていたことはたしかだったけどね。

Q すると、尾崎は振り回されていたと言うことですか?パンチは?

ホーン ないない。殴ったりはしていない。実際僕は後日、日本に飛んで、前田のために法廷で証言したんだ。尾崎が暴力を受けたとして訴えていたからね。

Q なるほど、正しいお話を伺えて良かったです。ところで、両団体では、特にグラウンドでの打撃に関して、ルールが違いました。そのことで困ったりしましたか。

ホーン かなり戸惑ったね。でもRINGSはいい団体だったし、もっと長く続くと良かったのになと思う。かれらのスタイルは好きだった。初期の頃には、エンターテインメント性をもとめて、たしかにフィックスト・ファイトもあった。日本のファンはプロレスも好きだから、フィックスかどうかは気にしない。楽しい試合が好きなんだ。でもRINGSがMMA指向を強めたとき、フィックスト・ファイトで人気のあった選手の中には、放り出されてしまう者も現れた。リアルファイターとの試合でひどくやられてしまうからなんだ。そんな試合はそれほど楽しいものではなかった。

Q でも、いい試合をした選手もいましたね。先ほども触れた、田村潔司は優秀でした。あなたも、パット・ミレティッチも、ヘンゾ・グレイシーも彼と戦いました。フランク・シャムロックは、田村の蹴りはこれまで見た中で最も早くて強烈だったと語っています。

ホーン そうだね、僕もそう思うよ。彼のあたりは強い。プロレス出身とはいえ、なかにはスティッフな選手もいたよ。結果が決まっているからといって、おたがいにバチバチやり合わないということではない。多くの選手がホンモノのスキルを持っていたよ。そうではない選手もいたけれど。RINGSスタイルはグラウンドもおもしろかったんだ。殴れないから、とてもダイナミックになる。動きが激しく、いろんなサブミッションをとろうとする。でもそんな中に、立ち技では殺人鬼なのに寝技は基本だけという選手が混じったりすると、とにかく立とうともがくばかりで、退屈なグラウンド戦になってしまっていた。そんなことが、エンタメ価値を下げていた面もあるのかな。そこが長続きしなかった理由だと思うね。

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