アジア人は愛してもらえないのかい?【ナム・ファン惜敗】


先週土曜日には、TUF12 Finale大会と、Strikeforce: Henderson vs. Babalu が同日開催された。これまでスケジュールを微妙にずらしていた両団体であったが、来年以降興行数が増加することもあり、バッティング御免でやっていかざるをえないようだ。ふたを開けてみれば、内容的には、判定決着連続のUFCに対し、ストライクフォースではダンヘンやポール・デイリーのピッカピカのKO劇が相次いだこともあって、米MMAサイトでも、なんだ、ストライクフォースの方がおもしろいじゃないかという評価がみられた

UFC大会には、戦極ファイターのナム・ファンがプロモーショナル・デビューを果たし、WECからの移籍組第一号、アメリカン・ゾンビことレナード・ガルシアに判定負けを喫した。これはMMA Planet が「2010年MMA界最大のミスジャッジ!」と断言するおかしな判定だった模様で、ほとんどの米MMAサイトが「30-27」でナム・ファンが勝っていたはずだと報じていた。2人のジャッジが「29-28」でガルシアにつけたとのことだが、その中で1人だけ、ファンに「30-27」をつけたジャッジがいて、その人は日本人だったそうである。

「ガルシア def ファン」試合後リング上での、ジョー・ローガンによる選手インタビュー。テレビ放送の画面から聞き取り。これほどあからさまに、目の前に座っているジャッジをコケにをしたのは見たことがない。ブーイングを浴びて謝る勝者もまことに気の毒である。ナム・ファンはUFCからは勝利者ボーナスをもらったそうである。

(会場大ブーイング)

Q みなさん、彼はハードな試合をしたばかりですし、彼は審判じゃありません。

ガルシア テイクダウンは何度か取ったが、スタンドではナム・ファンが上だった。ブーイングは甘んじて受けるよ。いい試合だった。全国放送の電波で言ってやるぞ。次回はナム・ファンと再戦だ。

(会場大ブルシット・コール)

ガルシア みんな、ごめんね。

Q 謝らないでください。君は戦ったんだから。アメリカ中の人が君の気持ちをわかってる。

ガルシア すまない。自分でもブーイングしたいよ。次もナムと戦う。確かにスタミナが切れた。でも、たった1週間半前に試合を言われたんだ。

Q いつも楽しい試合をありがとう。正直なコメントにも感謝します。ではみなさん、次はナム・ファンです!
(大歓声)
この歓声がすべてですよね。ジャッジの1人は30-27であなたにつけていました。これが本来の得点であるべきでしょう。でも2人がガルシアにつけました。あなたは完全にショックを受けているようでしたが、どんな気分でしたか。

ファン アジア人は愛してもらえないのかい(笑)?

Q 念のためですが、ジャッジの1人はメキシコ人でした(笑)。

ファン ガルシアを悪く言うつもりはないけど、3Rとも取ったのは僕だよ。

Q 私もそう思います。この判定は理解できません。残念な結果でしたが、素晴らしいパフォーマンスでした。この会場の皆さんや、テレビの前の皆さんにとっては、こんな判定は関係ありません。良い試合でした。おめでとう。



個人的にはストライクフォースのメインイベントだけチェックしたが、ダンヘンが恐ろしく若々しい試合ぶりを見せつけていた。いやあ、まだまだ出来る。両大会の映像確認後、感想があればこの場に書くかもしれない。

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レスリング・オブザーバが、故星野勘太郎氏のキャリアを振り返っている。オブザーバーによる、星野氏の生涯で代表的な試合を次のとおり。なんか、振り幅がすごくないですか。最長試合から最短試合まで。シュートスタイルからルチャまで。まさにビッシビシではないですか。僕も当時は素朴なプロレスファンで、親父の隣でテレビ観戦していたはずなのだが、あまりに名脇役すぎて、その仕事ぶりに気がつかなかったみたいだ。

●1970年11月5日、日本初のメジャーなタッグタイトル争奪トーナメント優勝戦で、星野氏は猪木と組んで、ニック・ボックウインクル、ジョン・クイン組を下して優勝。3本勝負の試合時間は72分9秒で、この時点では日本のプロレスで最長時間記録だった。この試合はNET(現テレ朝)で中継されたが、裏番組では国際プロレスが、日本初の金網マッチ「ラッシャー木村 vs オックス・ベイカー」、IWAタッグ選手権「ラリー・ヘニング、ボブ・ウィンダム vs グレート草津、サンダー杉山」(草津組が王座奪取)が放映されており、新日本にとっては視聴率競争上も負けられない試合だった。

●1971年2月19日、後楽園ホールで、星野氏はミル・マスカラスの日本デビュー戦の相手を務めた。この試合はテレビで生中継された。星野氏は、すでにプッシュを受けていたマスカラスをしっかりともちあげる良い仕事をした。

●1973年8月25日、星野氏はサンフランシスコのカウ・パレスでセミファイナルに抜擢、ダニー・ホッジの世界ジュニアヘビー級王座に挑戦し敗戦。リングネームはグレート・ヤマモト。知名度も因縁もプログラムも何もない中、日本から呼ばれたトップコンテンダーとしていきなり試合に放り込まれた星野氏は、3本勝負の1本目、わずか5秒でホッジのルーテーズ・プレスに負けて「世界最短試合」を演出、ホッジをスーパースターに見せつつ、しっかり観客をつかんだ上で、カムバックして2本目をとった。

●1976年6月25日武道館、「猪木 vs アリ」大会のセミファイナルで、星野氏は木村健吾と組んで、藤原喜明・木戸修と対戦。世界のメディアが注視する中、メインイベントの値打ちを下げないよう、シュートスタイルの試合をおこなった。

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読書メモ。もう儲からないってさ。

だいたい、マスコミや世間の人はいまだに、「興行をヤクザが仕切っている」と思ってるようだが、もうそんな時代じゃない・・・第一、今どき興行なんて、ヤクザが仕切ったところで儲からないんだよ。小遣いにもならんわ。俺も昔は、若い衆らに言われて芸能プロダクションの社長や格闘技の「プロモーター」とか言われる連中と遊んだけれど、9割は俺が銭、払ってるんだから。俺があいつらのタニマチみたいなもんだ(笑)

それに最近は、ヤクザを使うだけ使って、トンズラするような輩が多いからな。6,7年前の大晦日にも、いくつかの格闘技イベントが重なって、選手の取り合いになって、それぞれの主催者やプロデューサーがヤクザを引っ張り込んで、グズグズになったことがあっただろ。

それで猪木のイベントの方にウチの兄ちゃんたちが入って、PRIDEには別のヤクザが入り、選手の取り合いになった。猪木のイベントのプロデューサーをやってた男が、ウチの兄ちゃんたちに、ケツを持ってくれたら何千万だか差し上げます、なんて約束したのに、人を使うだけ使って、カネも払わずにションベン引っかけて逃げちゃったんだ。だから、兄ちゃんたちに追っかけ回されてな。結局は、ハワイかどこかに逃げちゃったな。興行なんてもんは「労多くして実り少なし」だ。おまけに平気でヤクザを騙すような、太い野郎がゴロゴロしてるしな(笑)



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